2012年05月26日

生きている金星 / これは初めて遭遇した♪

A子さんとのセッションの度に思う。

とても貴重な時代を共に過ごしているなと。

それは季節が移り変わるようにゆっくりと少しづつ。そして、着実に。

心と体の加減と丁寧にゆっくり歩調を合わせれば合わせるほど、それはしっかりと進んで行く。201205251.JPG

この世で一番早いのは世界最速のランナーではない。最短で免許を取る人でもない。吹き荒れる台風の風の速さでもない。

この世で一番早いのは、季節の移り変わりのように、サンゴの成長のように、あるいは人の子や猫の子が大きくなるかのように。

少しづつ少しづつ、普通の人の肉眼では見えないほどゆっくり進んで移り変わって行くものこそが一番早い。そして、一番確実だ。

気がついたらそこに大きな山が出来ているかのように。そこにサンゴ礁が広大に広がっているかのように。大きな猫が余裕の風格で心地よい場所を選び横たわっているかのように確実だ。

先日のセッションでA子さんが自分が乗り越えていないと認識するもののお話をして下さった。

そして「ああ、そう言えば、そのことにおいては私も100%は乗り越えていないです。」とシェアするととても意外な顔をなさっていた。

そして「そうか・・・、そうかあ。ということは乗り越えていなくても・・・。」と何かに気がつかれていた。

ある種の人は完璧を目指す。

それはとても良いことだと思う。

でも、完璧になってから何かをやるとか、完璧になるまで自分を許さないとなると、それは何もしないことと同じくらいのロスタイムを作ってしまうかも知れない。

いつか来るゴールはある。

それは必ずやって来る。

でも、もっと大事なのはそこまでのプロセスにある今なのだといつも思う。

少しづつ少しづつ、それは進む。

その足はしっかりと地と繋がり、魂は天へと延びて行く。

あなたにしか出来ないことがある。

あなたにしか出来ない使命がある。

それはこちら側から見ると、かなり早期から見えている光なのだけど、その光が大きければ大きいほど慎重にゆっくり着実に。

その光を支えられる身体と心を作って行く時代。

泣くことも笑うことも両方あって良いのだろう。

******************

久々のティー・ディグ。

これまでの総まとめ&おさらいを兼ねて、用は1対10でも1対100でも、1対1000でも、一対一と同じときのようにその場のエネルギーを動かす練習やコツのようなものも伝授する。

要するに基本は1対T1の交流で、それがどれだけになっても同じこと。

とは言うもののいつでもどこでも全体を観たり体感するということは、目も魚眼的になったり耳はウサギ並みにならないとも限らない。(笑)

今回は個人的な古くて深い怒りがテーマに出て来たのだが、それも良いことの一つ。

大抵はファーストからサードまでにおいて自己や他者をヒーリングする過程で、だいたいのものは表出してデトックスされるので、後は個人の無意識が好きなペースを選んで取り組んでだけ。ところが、時々、ティーチャーになるにあたって、突然今まで出て来なかったものが出て来ることもある。

本来一般の方々なら怒りを危険視なさるところなのだけど、彼女の場合は何故だかこのデトックスの最中にも非常に良いオーラに変貌して行ったので、「ここで瞑想して欲しい。」と思った。

どうして瞑想して欲しいと思ったのか?と言うと、とある可能性を直感で感じたからだ。

で、30分後、予想通りのことが起こった。

「何?何、これ?」と彼女が騒ぎだしたので、「見えた?見えた?どんなんだった?」と尋ねる。

「っていうか、こちらが質問しているんです。あの変な形なんですか?」

「いやあ、悪いねえ。それは分かっているんだけど、そのシンボルの形が見えるあなたがその用途を知っているはずなのですよ。内側に答があると思うから探り当てて見てね。そして、そのうちマントラも出て来るかも。」

臼井レイキの臼井氏は合計四つのシンボルをこの世に発表した。

シンボルというのは、日本語で言うと、そのまんま印ということだ。

例えば漢字の山とか川とか日とか言うのも皆シンボル。

つまりは元の元型の山とか川とか日ってものが先にこの世界に存在していて、それを文字にするとき、シンボル化&簡略化したのが多くの漢字である。

つまりはセカンドで受け取る第一〜第三までのシンボルもこの世に存在する何かの形をシンボル化したものと言うことになる。

そして、レイキが世界へと広まって行く間には、おそらくは臼井さん級の天心の持ち主の方もいらして、瞑想中にシンボルを降ろしてしまうということもあった。それは多くの別の名のレイキとして西洋レイキでは広まっている。

ティーチャーの資格を持った場合、自分が瞑想で降ろしたシンボルを発表して自分の名前や好きな名前をつけることがある。

例えば鈴木レイキとかまゆこレイキとか。(笑)

もちろん、滅多にあることではないので、非常に面白くて、私は彼女に「さあ、このシンボルは何に使うのさ?」と詰め寄りつつ笑った。

「さっぱり、分かんないんだけど!」

それは、今、興奮しているから。で、エネルギーが私の方へ「たーすけーてー。」と向いちゃっているから。

丹田落として、これからそのシンボルを解明して行って下さい。

こんなことがあったので、実に5時間の長丁場になってしまったのだが、実に楽しかった。

で、時々、不思議なことに窓辺に広がっているサンキャッチャーから部屋中の壁に虹の子供が沢山出ていたのだが、そのうちのいくつかが壁ではなくて空中にあったりする場面も見た。まあ、今日の場合は何が起こっても不思議じゃない。

「是非、開いて下さいね。やってみて下さい。私とはまた違った何かが出来ますよ。」

「ううむ。面白かったけれど、まだ分からない。ちょいともう少し勉強したり煮詰めたりしてみます。」と彼女が言うのを、これまたウキウキと聞いていた日だった。

ちなみに私はこの新しいシンボルというやつ一度も降ろしたことがない。だいたいのことは四つのどれかでパーフェクトだろう思うところがある。それはよく心理学のエゴグラムで「お父さんとお母さんはいるのに叔父や叔母はいないの?」と仰る人に爆笑する理由と同じかも知れない。

でも、もしかしたらこれも固定観念で、それが無ければ何でも自由に降りて来るのかも。いやあ、やっぱり私は固い人間だなあ。何でも自由に出入りされたら嫌だなとついつい感じてしまう。下手するとシンボルにでも「呼んでねーよ。」と言ってしまいそう。

とは言うものの、自分の段階が変わるごとに新しいことが起こるって、実に面白いことだなあと思う。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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2012年05月25日

エナジー

先日、Nさんがお越し下さった折、ブレスレットをプレゼントして下さった。

ご友人お二方がレイキの講座を受けるにあたって彼女も再受講にいらしたのだが、ご友人の分とご自身の分と私のと、皆違う組み合わせのストーンなのだけど、どことなく四本とも似ているところがある。どこかが皆お揃い。

どのストーンも見慣れた仲の良いストーンだった。

Nさんは某ジュエリーメーカーで買って来て下さったのだが、大切なご友人同様私にまで選んで来て下さったお気持ちがとっても嬉しかった。

可愛いので気に入って着けていたのだが、一番内側に着けていてもサイズが大きいので油断するとすっぱ抜ける。こういうとき、私の動きはいちいち大きいのだと気がつく。

で、サイズ直しをするついでに翡翠とハウライトを加えたところ、ますます可愛くなった。

某ジュエリーメーカーさんとNさんと私のエネルギーのコラボ。と言ってもずっと着けていると日に日に私のエネルギー優勢になって来る。

で、それを着けてカウンセリングしていたところ、Aさんが「あ、それ可愛いですね。同じ型をオーダー出来ませんか?」と仰るので同型のを作ることにした。

ややこしい話だが、先日、娘さんのためにTさんがオーダーなさった折作ったブレスを私が気に入って自分に同型のものを作って愛用していたところ、Nさんが先のブレスを下さったのでお礼にそのブレスを差し上げた。セレスタイトやローズクォーツが入っていたので、何となく流れに乗って欲しい今のNさんには良い気がして。

そして今度はNさんが下さったブレスの改造版をAさんがオーダーなさったという運び。

ところが、全く同じメンバーのストーンだと言うのに最初から私が作ると・・・何だか強烈になってしまう。

Aさんが所望されたのは、多分私が着けているこっちのエネルギーなのに良いのかなあ?と思いつつ納品する。

分からない方だったらそんなに気にするような違いではないのだけど、Aさんはそういうの分かる方なのでどうかなー?と思ったのだがとりあえず見て貰う。

すると「これ♪これ♪これですよ♪」と仰ったので爆笑した。「何で感じが違うんでしょうね?」と仰るので二つ並べて遊んで見たところ、さらに「ああー。」と仰る。

何?

「外観もこっちの方が強く感じるんですけど、ほら、触って見て。温度まで違う。」

え?温度?

そう言われて見て触れて見たのだけど、ほんとだ。何故だか最初から自分で作ったやつの方が熱い。

普通はずっと手首につけていた方が体温で温まって熱くなりそうなものなのに。あたたかいとかって言うんじゃなくて熱いのだ。

「生きているって感じ。まあ、エネルギーって生きているって言うか燃えて動いているものだろうけどね。久々に作って貰ったけど、やっぱ元気ですわ。」

と誉められたのに「でも、こちらの方が優しくないっすか?」と言ってしまう。ついでにこのブレスが生まれた経緯も話す。

「ああ、それで違うんだ。」と仰って「やっぱり、これ、良いんですよ。」と。

でも、何か、こちらの方が女性らしくないですか?謙虚でつつましくない?

その時には既に経緯を知っている彼女だったので「うーん、かおるさんでも自分の良いところから目を背けたり悪く言おうとするところがあるんですね。もう一回言うけど、私はこのエネルギーが欲しかったんですよ。私が良いと言ったら良いんです。」と仰ったので、がーん!となって爆笑した。すがすがしいショックだった。

出会った頃、傷だらけで自己肯定感がほとんどゼロだった彼女のことを思い出すから。元気になったねえ。

長いことカウンセリング続けている方というのは、ほとんど自分という人間を通して生の心理学を学んでいるようなものなので、二年後、三年後ともなると非常にカウンセラー的になる。

そして、見事にこうして突っ込んでくれるようになるのだ。w

だから、”そうですね。”と、頭を掻いた。そして、そのまま、ありがとうと頭を下げた。201205241.JPG

エネルギーというのは流動的で時間の経過と共にブレスそのものも変化して行くことがあるけれど。

とりあえずはいってらっしゃい、私のエネルギー。存分に働いて下さい。

彼女の腕でブレスが微笑んでいるかのように見えた。

それに呼応して、私の手首に居るこの子もキラリと光った。

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Mっつさんはちょいと遠方でお勤めのナースさんなのだが、覚えている限りで5〜6年のお付き合いになると思う。

その間、新しい職場にチャレンジなさったり習いごとの格闘技に没頭なさったり、そして何より、Mっつさんご自身が大きく大きく視野を広げて成長なさって来られた。

そして昨年から今年にかけて、被災地へしばしば出向いてのボランティア活動のお話をして下さる。

さらにそこで出会った人に対する想い。

私は、人を愛する人は、やっぱり美しいなあと思う。

誰かを好きになる人ほど幸せで柔らかい。好きな人が沢山居たら、それは素敵な世界に違いにない。

逆に自分の気分や保身のことばかり考えている人は常時恐怖と不安に満ちている。

ただ、自分を愛した分しか人を愛せないという法則がある。

Mっつさんが語る愛しい人の様子がその目を通して、またしても見える。

より深く、自分を愛するようになったんだね。そして、より深く人を愛せるようになったんだね。

色んなことが起こっている時代なので、彼女の心身のデトックスも激しくてアトピーが悪化したりと一見しんどいことも起こっている。

でも、彼女がその両腕を自分の身体の前面で交差させて自分を抱きしめるようなポーズをとるとき、何ていうか、その、”やっぱり、よく出来ているなあ。”と思わずにいられない。

痒いからそういうポーズを取らざる得ないのだと言ったのは彼女だった。「でも、こういうふうに自分を大事にしなさいと言われている気がするんです。」と。

「ある人に言われたんですよ。『普通は、溢れんばかりに余っているから人に何かを分けられるのに、Mさんは枯渇しているのに与えようとするから苦しいんだ。』って。」

そう言って自分を抱きしめる。201205242.JPG

そう言われたからと言って「そうですね。」と奉仕を止めてしまうことも違うし、やらずにはいられないありのままの今の自分に手を添えている。でも、間違いなく、そのメッセージを受け取ってしっかり振り返ったり考えたりしている。

「で、今は、鍛えるのではなくて癒す時期だと決めました。」と言うのを聴いてちょっと感動してしまった。

そう。何かに憑かれたかのように自分を鍛え続けるような生き方をする人だったから。

とある格闘技の使い手でもある方なのだが、今はその両の手を癒すために使っていらっしゃる。

カウンセリング中、テーブルの上の白ちゃんやご自身にレイキをあてていらっしゃったのだけど、途中から全く掻かなくなっていらした。

「不思議ですね。あんなに痒かったのに、癒すことに使い始めるとぴたって止まるんですよね。」

身体と心はエネルギーの流れに忠実だ。

その流れにちょいとでも逆らうと何かサインを出して来るし、身体と心が望んでいることをやるとどんどん良い流れを作ってくれる。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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2012年05月24日

(彼女の)決戦は金曜日

先日A営業所へ応援に行ったところ、センター長のYちゃんの感じが変わっていた。

この春から栄転して非常にストレスフルな生活を送っているというのに。201205231.JPG

休憩中に一緒にコンビニへ向かうすがら、「Yちゃん。何だか綺麗になったねー。」と感嘆の声をあげると「何言ってんですかー、もう。見て下さいよ。この吹き出物を!」と叫び返して来る。

Yちゃんはうちの次女くんより一つ年下だったはず。まだ若いから吹き出物くらい出るさ。でも、そういう表面的なことじゃなくて、何だか内側から輝いているよ。もちろん、内側から輝いていると外見も美しく見えるんだけどね。

その理由は先月一緒に飲んだ際色々聴かされていたので何となく分かる。恋をしているのだ。

今年に入って長く付き合っていた人に失恋して落ち込んでいたのだけど、最近大学で一緒だった彼と付き合いだしたとのこと。

ただ彼は大学卒業と共に故郷へ帰っていたので今は遠距離恋愛ということになる。

「でも、来月出て来るんですよ!」と言うことを話した後でひらすら彼女が心配したのは立場上、果たして休みが取れるかどうかだった。「その日のナースさんもまだ決まっていないし。」

ナースなら私が出てあげるよ!休みな!

が、彼女自身はヘルパーさんなのでそこが問題だった。ヘルパーも応援者を探さないと。

古巣でセンター長さんだったK氏も一緒に飲んでいたので「何とかYちゃん休めませんかね?」と二人で詰め寄った。

今は別の場所のセンター長さんなのだが、やり手なので彼の場合はそういう権限まであると言っても過言じゃない。

「Yちゃんが言っているのは○月○日です。メモしておきますね!」と私が言うと「大丈夫です。俺、酔っていてもそういうのは覚えています。」と笑ってくれた。

アットホームだなあと思う。

まあ飲み会の席というのもあるのだけど、特に彼女の場合は、いや、誰の場合でも心をオープンにすると皆が「何かできないかな?」と考えるところがこの会社にはある。

しかも「それにしても、おまえ、大丈夫か。相手は○○の跡継ぎだろう?向こうに嫁に行くってなるかも知れないけど、その辺のことは考えているのか?」と20代後半の男の子が20代前半の女の子に父親のように詮索している様子は非常に面白い上に何だかほのぼのとしてしまう。

「いや、まだそんなところまで考えてないですよ。付き合い始めたばかりですよ。」

「馬鹿。何言ってんだ。島根から会いに来てくれるくらいだろう。その気がなかったらそんなことしないんだよ。」

その他「どこで会うんだ?ちゃんとしたかっこうで行けよ。」とまで言う人が居るのは、せっかくの美人なのに何とも言えないファッションをしていることが多いからだ。日本昔話のキャラが入ったTシャツとか。(爆笑)

そんなやり取りがあったので「恋をしているからうんと綺麗になったのね。」と言ったのだが、「いえ。寝る前にキレイとレモン飲んでいるからです。」と言うのでずっこけた。何、それ。

「えーと、すっぱい清涼飲料水です。」

いや、そういう意味で何それって言ったわけじゃないの。

そう言って爆笑していた場面があったのだが、彼女より一つ年上のオペレーターさんが車を止めた際、コンビニでそのキレイとレモンを二本買って来て「お二人にプレゼントです。」と渡して来るので大笑いする。無言でやり取りを聴いていたけど何かしたいと思ったんだろうね。

次に入るお宅は、俗に言う”男禁”と呼ばれるお宅だった。

利用者様が若い女性だったり羞恥心が強い方だったりすると、いくらタオルで隠して絶対裸が見えない入浴テクニックを駆使しても抵抗が強いので、その際は、本来三人で作業するところを、女性二人だけで全てを終わらせる。

その間、男性であるオペレーターさんは冷たい廊下だったり排水場所の風呂場だったりで一人ぽつんと待機している。

キレイとレモンでキレイになるんだったら世話ねーよなーと笑いつつ御馳走になったのだけど。

これ飲んじゃったから、M君、私たちが次のお宅から出て来た瞬間、ビックリするかもよ。

「そうですよね。一時間後、二人とも桜沢さんになって出て来るのを楽しみにしています。」

車内で爆笑していた。

そんなに効くわけねーだろ。

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途中、Yちゃんが前の座席から振り返り「あ!そうだ!お願いがあるんです!」と叫んだので「何?」と訊いたところ「今度、眉毛を整えていただきたいんですけど!ずっと思ってたんです!」と。

え?何で?私がやったら、こんな眉毛になっちゃうよ。

「いいじゃないですか。申し訳ないんですけど、いつかやっていただけますか?」

うちの娘たちなんて凄いよ。

もっとうーーんと短く切り揃えた上に、わざわざ髪の色に合わせて眉毛染めちゃうくらい徹底しているのよ。私なんかいつも怒られてるの。でも、そこまで出来ないんだよねー。

「いいです。いいです。かおるさんみたく出来ますか?」

そんなやり取りがあったので、その日が終わった後、さっそく眉切りハサミと毛抜きとコームと鏡を取り出す。

オペの青年が「はやっ!」と言うのだが、今度いつ会えるか分かんないし彼女のデートの日も近いから。

その場でチャチャチャーとやったところ、うん、ますます美人だ。

三人しか居ないので「綺麗ー!」と叫んだ私はオペのM君に「ね?」と相槌を求める。

するとMくんも「あー、ほんとだー。見違えたー。」と言ってくれたのだが、途端に三白眼に変わったMちゃんは「まったく適当なんだから。」と青年を睨みつけていた。

今まで乙女顔だったのに、さすがセンター長である。

彼女がハッピーなデートを過ごしますように。

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今日は心理学の講座2件とカウンセリング2件。

内容濃いし、とっぷり日が暮れる。

お客様は皆白ちゃんが好きな人々だったので、終始テーブルで過ごしていた白猫さんだった。

「痩せてませんね・・・。」

はい・・・。あの、だから、すみませんってば。

しかし、結構な大きさなので、このテーブルで伸び伸び横たわられると、かなり邪魔で、そこがまた可愛いのだった。

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午前中、本日レセプションのため都内へ向かう夫と出勤時間が一緒になったので途中まで同じ電車に乗る。

その際、「そう言えば、ほら、いつか鶏工房で飲んでたメンバーに混じっていた若い女の子いたでしょ?Aのセンター長さん。」とYちゃんの話を出す。

「うんうん。」

彼女が都内でデートするのに良いところ無いかな?って訊いて来たんだけど、どこが良いと思う?

「うーん。若い連中が喜びそうなところかあ。いっぱいあるけど考えとくよ。」と言ってくれて、その後「しっかし、この間からあの子のデートの話を皆で考えてるな!」と言うので笑った。

そうなのだ。何だか上手に皆を巻き込んで行く子なのよね。飾り気も無いし派手でもないけど素直で、しかも、その巻き込み先がハッピーな話題だから皆楽しく巻き込まれて行くのよね。

そんな話題をした日の夜、帰宅したら、夫が本当にデートスポットの有力候補をいくつか教えてくれたので大笑いした。この人も何か小さなことでも頼まれたら楽しくなったり燃えたりするのよね。

今度Yちゃんに教えてあげよう。

きっとその様子を見ている誰かが「かおるさんの旦那さんにまで言ったのか!」と怒るふりしながら笑うのだろう。
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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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2012年05月23日

完全受け容れ拒否なこと

仕事を教えるという行為といじめという行為は全く持って違う行為で、その質には雲泥の差がある。

でも、時折前者を隠れ蓑にした後者というものが存在する。20120521.JPG

例えば他の部署から異動になって来た人を全員が前々から知っていて、そこには評判という触れ込みがセットでついている。

その評判ってのが悪ければ、何事も自分の目で見たり触れたりして確かめない人々ってのは、それを易とも簡単に鵜呑みにしてしまうので質が悪い。

誰かが嫌っていると自分も嫌いになるし、同じ人物なのに誰かが大事にしていると大事にするべき人だという決定を下す。

人ってのは、例えどんなに素晴らしい人でも不完全な生き物だから欠点を探せばいくらでも出て来るし言葉尻を捉えればいくらでも上げ足が取れる。

それがエキサイトすると多勢に無勢の子供のようなお祭り騒ぎのような怒りと嘲笑が絶えない。

こういうのは昔からどこの企業でも目にする光景なのだけど、いつ見ても気分が悪い。

新しい部署に行って勝手が分からないのはあたりまえだし、誰一人として初日から何でも出来たわけではないのに、皆、初めての頃のことを忘れてしまうのね。

私の耳にも同様に「ダメだよ、あいつ。この間なんてこんなだったんだよ。あったま来た!」と言って来る人がちょいちょい居るので「でも、彼は一番大事なものを持っているよ。」とだけ答えた。

あまりのことに驚愕の表情のまま固まる人ばかりだ。だって絶対同じテンションで私が同じ相手を罵ると信じ込んで話を持ちかけて来たのだから。どの人も同じ。

「何?大事なものって?何?!」と訊き返されているのを相手にせず煙草を消して立ち去った。

「絶対かおるさんも嫌いなタイプだと思ったんだけどなあ。だって、気持ち悪くね?」

気持ち悪いかあ・・・。仕事でそこまで言われなければならないかね。確かに気持ち悪い人は居るけどね。

私にとってのそれは、人が好きと言えば好きになり嫌いと言えば嫌いになる人。勝手にいつも人と自分を比べて競争している人。
間違いなくキモい上に面倒臭いだろう。仕事で対価いただいていて、好き嫌いを激しく主張したり、人と自分の違いにこだわることに時間を費やすのもいい加減にしないと。

でもって、そんな自分に全く向き合わない人々があまりに沢山居たら、それはさらにキモいし危険な集団だろう。

私にそういう話をして来る人のほとんどは困難を乗り越えて来た頭が良くて仕事が出来る人であることは間違いない。

だからこそ余計にあほらしくなってしまう。分かんないかね?と思ってしまうのだ。

せっかく築きあげて来た強さをそんなことに使うから一気に頭がなまる。誰かを盾にすればするほどますます弱くなる。自分が無くなる。

ある日は、とあるリーダーと一緒に仕事をしていたら、ひっきりなしに同一人物から電話がかかって来る。

「もう、あいつこういうことも出来ないんだよ。」ということを30分おきくらいに。

その電話をスピーカーにして聴くもんだから嫌でも聴こえて来る。

もう一日中、その一個人を観察しては上司に報告しているということになる。暇だな。

甲高くて、困っているかのようでいて、嬉々としている声。多分その目はギラギラとしていることだろう。

つまりは「こいつは無能だ。」ということを報告することで自分が出来るということをアピールしている。嬉しくて仕方がないというニュアンスが混じった怒りの演技はややこしい。

あのさ。スピーカーで聴かないでくれるかな?物凄くうるさいんだけど。とお願いしたところ、彼は電話に出ようともしなくなった。

内心一人で聴くに耐えない心境だったからスピーカーにしていたのかも知れない。真剣に働いていてマジに忙しい人にとってはうるさいと思うほど下世話な報告だったから。

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「一番大事なものって何?」

同じやり取りで何人かにそう訊かれた。

いじめられている子・・・と言っても成人だし、若くとも立派な二児の父親なのだが、彼とは他の営業所へ応援に出向いているときに何度も一緒にチームを組んだことがあった。

そこで私は彼と利用者様との関わり方をずっと見て来た。そして、その背景にいらっしゃる介護者様と彼との関わり方も。

誠意があった。

確かに彼はまだまだ沢山勉強しなければならないことはあるだろう。

が、そのエリアで少し長く関わった利用者様たちは、彼が来ると皆大口を開けて笑った。あるいは、愚痴を言いつつ泣いたり、「こら!」と叱りながらぺしっと肩を叩いていた。

爺ちゃんも婆ちゃんも障害をお持ちの方々も皆笑顔になり、彼に励まされたり、ある時は「頑張るのよ。」と彼を励ました。

一人暮らしでうつむいている耳の遠いご老人が、私たちが到着したことにも気がつかないで項垂れていたが、彼が女性の声音の真似をしてふざけて声をかけると、それに驚いたあと「こらー!またー!もうー!」とバンバン叩きながらゲラゲラ笑っていた。

きっと、こちらのエリアに異動になる際、あの前のエリアの方々の一人一人に挨拶したと思うのだが、中には絶対泣く人も居ただろう。その前に彼も泣いただろうなあ。

要するに彼はどんどん人の中に入って行く。そして、相手がして欲しいことを見つける。何が嫌いで何が好きなのか?何が辛くて何を目標にしているのか?とか。

同じように作業をしていても、そして、皆同じ仕事をしているはずなのに、そういったことと言うのは、必ず滲み出るものなのだ。

病院のナースをやっているときにも必ず同じようなことがあった。

彼のように素直に実直に対等に患者様を見る人というのが必ず居た。

そして、それをいじめる人間は、やはり仕事は出来るのだけれど、ずば抜けて出来るわけでもなく、いつも誰かに今以上に認めて貰いたいと欲求不満に陥っている人々。だから、一旦はむかって来ない対象を見つけるや否やそれがエスカレートする。

そしてその昔、最悪のケースも見たことがある。自称出来る人間が、小児科の患者さんや障害をお持ちの患者さんを叩くという場面を。

愚痴くらい誰でも出ることはあるだろう。けれども、本気で病気の人や障害の方に切れてしまう状態で、「それは何故なのか?」と自分を振り返らない人々を。

恥じない人を観た。

言葉だけが綺麗な人間のふるう暴力は一際腐っている。犬でも猫でも子供でも病人でも自分の配偶者にでも。

どうしてそこまで他人に怒るのか?

その答えは自分の中にある。

愛することが下手だからと言って恥じる必要はないのだと思う。ただ、愛そうともしないのに恥じない人間は、どこまで行っても餓鬼の道を行くのだと思う。

おそらく自分を見て貰うため、認めて貰うため、他人を食らったり他人から奪うためなら何だってするだろう。それで自分が満たされると勘違いしているから。あるいは他の方法をトレーニングして来なかったから。

例えどれだけ群れてみても、それは決して安全なことではないと思い知るその日まで。

「聴いてよ。あいつがああだったから、自分がこうしてフォローしておいたんだよ。」

そうやって他人を使っての、非常にややこしい”認めてくれ”のストロークは、絶対飲み込まない。腹下しそうだから。

でもって、何かが出来ない人間を見つけていちいち「ぎゃーーー!」と騒いだり怒り狂ったりする人の場合なのだが、もしもその人が口で望んでいる通りになったら意外と大変なことになる。

それまでとは反対に、周り中、皆が皆素晴らしく出来る有能な集団の中で過ごすと簡単に潰れてしまうという情けない法則があるのだ。

何故ならば自分で自分を見つめて育てていると、必ずプロになる。そしてプロになる人はいつも大切なことに没頭して、いつも『これで良かったのか?』と自分に問いかけているから、そうそうじっとり自分より劣った人を探したり観察している暇もない。怒り狂っている暇もない。

「ねえ、ねえ、見て見て。」なんてやっていない。

だから、そんな集団の中に入ったら今度こそ自分を振り返るしかなくなるから。

でも、逆に言うと、先述した彼のようにとある大事なものを持っている人ならば、どこででもやって行けるのだ。やがては馬鹿にしていた人たちのことを本当の意味で、それはそれは現実的に超える。決して自己満足でなくて。

「私も彼の味方をするわ。」

いえ、別に私、敵でも味方でもないんですけど。
ただ、案外皆が持ってそうで持っていない大事なものを持っているから光っているなあーと感心&尊敬しているわけで。

「え・・・。あんな馬鹿なのに。」

私を含めて皆もどこかが馬鹿だと思いますよ。だから皆で仕事するのだろうし、企業ってものが出来るのではないかな?と今では思います。

「うーん。じゃあ、やっぱり、味方する。かおるさんがそう言うから。で、大事なものって何?」

・・・・・・・・・。ほとんどの人が面白いほどに話を聴いてくれない。

仕方ない。よく変わっているとか「分からない。」とか言われるもんな。(でも、何で分からんかな。)



ところが、ヘルパーのMさんと目が合うと、彼女の場合は私よりももっと無言モードなのだが、どっかで見たような表情をしている。

鏡で見ていないので分からないのだが、もしかしたら私も今ああいう顔しているのではないか?と思った次第。

そして、滅多に同じチームにはならないのだが、ここ最近二人で飲む度に、あの時、何を感じていたか?ということを刷り合わせて見たところ、全く同じ感覚になっているということが分かり盛り上がった。

「まったく・・・。やり過ぎ。」

「そんなに言うほど酷くないよね。むしろ怒って騒いでいる人の方側にもっとやってはならんことしている人、いるよね?」

なるほど、こういう共感というものは嬉しいものである。仮に自分一人で感じていたとしても、感じていることに制限はかけられないので仕方がないことなのだが、仮に一人でも理解して貰えると嬉しい。

もしかしたら皆、共感を求めて個人をいじめたり悪口を言ったりするのかも知れないが・・・。

おそらくそこには、同意は生まれても、共感は永遠に生まれないだろう。

何故なら自分の感覚ではないし、自分の感覚でないということすら永遠に気がつかない勢いだから。

***************************

彼と同乗することは滅多にないが、先日久しぶりに同じチームになることがあった。

久しぶりだね。一日よろしくお願いします!と旅に出る。

私はマニュアルは護るが、個人的主観で抑えつけられるのは嫌いなので、彼にも自由にして貰った。

彼は一日伸び伸びと利用者様たちとコミュニケーションをはかっていた。

皆「あらあ。こういう子だったの。」と言う人がいた。

普段無口な人もよく笑っていた。

そして、その日の夕方「いやあ、かおるさん。今日は、こっちに来てから初めて『やっぱり仕事、楽しい!』と思えた日でした!ありがとうございました!」と彼が言った。

間違えたことや、学んでいなくて怒られることは仕方ない。

でも、彼のいつの間にか縮んだかのようにひっこんでいる首を見て思う。

首を伸ばして、背筋伸ばして。

その他の時には、伸び伸びと自身を持って仕事をして欲しいなあと思った。

今は辛くとも、起こるべくして事は起こる。

だから。多分、今はこれを見る必要があるのだろう。人間ってこういう部分もあるんだよ ということを。

でも、自分は背筋伸ばして。

自分らしく、『自分はどうなって行くか?』を決めて欲しい。

そんなことを願った。

でも、釈迦に説法、蛇に蛇足。

彼はこの世界で一番大切なものを持っているのだから。

ああいう言葉がけや、ああいう気遣いや優しさ。

ご病気の症状がお辛い人や外に出れない人や、その他様々なことで悩んでいる人に染みるのよ。

本当に、人の心ってちょっとしたことで向きが変わるし、そして、そのちょっとしたことの積み重ねで元気になるってこともあるのよ。

*******************

「かおるさんが怒るからもういじめない。」

・・・・・・・・・・・。だから、違うんだけど・・・。もう、どうでも良いです。あんまり気にするとうざいから止めよう。そう言っている人を片っ端からいじめたくなって来るから。それも本気で。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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2012年05月22日

朝の空にゴールドのリング

数か月前のいつだったか。

全てのセッションが終了した日の夜、せっせと帰路へと向かっていた。20120520.JPG

すると、偶然駅のホームで2時間ばかし前にカウンセリングを終了していたNさんとバッタリ会った。

うちへカウンセリングへお越し下さった折には、いつもカフェなどに立ち寄りゆっくりと何かを書き記したり頭を整理したりして有意義な時間を持った後帰られるのだと知ったのはその時が初めてだった。(豊かで丁寧な時間だなあ。)

遠方までお帰りになる彼女と私は三駅ほど一緒の電車に乗ることが出来た。

乗換のホームで彼女が「もうすぐですね。」と金冠日食の話をしてくれて、こちらを見ているその目の中に諸、その金のリングが見えたのは記憶に新しい。

私は元々そういうのを「ただの現象じゃないっすか。」と思うきらいのある実にロマンの無い人間だった。

昔から、真夜中や午前三時にしし座流星群やら何やらが見えると言われて旦那に叩き起こされたときも「頼むから眠らせてくれ!」と激怒。

あと、数年前にもとある天文現象が非常に話題になった際、知り合いに全財産をはたいて外国までそれを観に行ったというのを聴いたときも「・・・・。それに全財産はたいてはいかんよ。家族はどうすんだよ。」と思った。

「だって、凄く縁起が良いことだよ。運が開けると思うの!」と言っていたが、正直、開けんだろうなあ・・・・思った。

はたまた同年、「こんなことが起こるめでたい年に始めたことは必ず全部成功する。だから私は超一流のカウンセラーになる。超一流のセラピストになるに決まっている!」と物凄く興奮して言う知人がいたが・・・それも無理な話だと思った。

だって、勉強はしないんだもん。自分見つめもしないのだもの。自慢話と言い訳ならばよく頑張っていたけれど。

継続して勉強しないのになれるわけないし、自分の考え方や心身を治そうとしないしない人のその願いは叶わないだろう。例えどんなに凄い天文現象が起こった年だとしても、そのこととは全く関係ない。

はたまた月と金星と地球が一列に並んだところに願いごとをしようがそれだけで叶うわけないだろ。努力しなければ。

というわけで恐ろしくロマンのない私だったがいつぞやの月食に感動したことを思い出した。

特に自分の願いとそれを無理やり結びつけたわけじゃなくて、皆で飲んでいた夜中、一緒に空を見上げて見つめていた一時がとても楽しかったし美しかった。(寒かったけどな。)

そして今回は数カ月前にNさんの瞳の中で先んじて見た金冠日食を是非とも見たいなと思っていた。

ところが、忙殺されてすっかり忘れしまい、せっせと出勤する準備をしているところがアホの私らしい。

が、隣の娘たちの部屋から「わあー!」とか「うおー!」とか言う声が聴こえて来る。

特に次女くんの「みっえるー!」という独特のイントネーションのふざけた口調が耳につく。

いったい何を騒いでいるんだろう?と思った。

「見えほ!」

「綺麗ほ!」

この、彼女たちが語尾につける「ほ」ってのは、何とか放題という意味らしいよ。

つまりは食べ放題なら食べほとなるらしい。

そのうち、バタバタと駆けて来る音がして、部屋の扉がどっばーーん!と開いたので、ビックリして口紅を鼻に突っ込むところだった。

「お母さん!きんかん!きんかん!」

え?もう虫にさされたのか。

「違うよ!」と言って黄色い眼鏡を見せられたとき、おおおお!そうかあ!忘れてた!と途端に思い出した。

でも、太陽出てるの?

「ベランダから良い感じに見えるよ!早く来て!」

ベランダの左側前方が東の空にあたる。

よく晴れている。

その黄色い眼鏡を翳して見てみると、このおばちゃん、「うわあ!綺麗ほ!」と叫んだので、皆がどっと笑った。

年寄りが若い子の言葉真似するとやっぱりどこかが違うらしい。

いやあ、でも、冗談抜きで、これ、素晴らしいね。美しいね。

夫とお爺ちゃんは既に出勤していたが、娘二人とお婆ちゃんと私とで代わる代わる見てはため息をついた。

たかが天文現象。されど天文現象。

このベランダでこのメンバーでこれを見ることになるなんて、ほんの10年前の誰が想像出来ただろう。

天文現象も奇跡のように素晴らしい。

でも、それと同じくらいに、今日、こうして四人で見れたことが素晴らしい奇跡のように感じた。

ありがとう。太陽、月、地球、そして娘たち。&Nさん。

うきうきと出勤した日だった。

ハードだったが、割と元気な一日だった。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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2012年05月21日

私的に金メダルに等しいこと

おっそろしく長いメンテナンスでしたね。

しかも、突如の。

メール沢山いただいてすみません。

でも、あの、私でなくてseesaaさんが。

見えていないのにお越し下さりありがとうございました。&すみましぇん。m(u_u)m

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心身の問題で長年働くことが出来なかったTさんが今年の四月から再就職した。

彼女が初めて私のカウンセリングを利用して下さったのは、まだ私が三軒茶屋でセッションをやっていた頃だった。

それもたったの一回。

あとは予約してもしてもキャンセルばかり。

その時の彼女の心身の状態ではその一回が精一杯だった。外に出るのも人に会うのもなかなか難しい状態。

でも、その一回は貴重な一回だった。

もう数え切れないほどのセッション数をこなして来たし、あまりに多くの方々と出会って来たので正直言うと一度や二度お会いしただけの方だとすぐには思い出せないことの方が多い。特にお申し込みの際のお名前だけでは。

ましてや、ご自身の足でお越し下さり、ご自身の意志で申しみ継続して取り組んでいただかなければ意味がないのがカウンセリングなので、私の方から「来なさい。」と言うことは決してしない。

その代わり、自分の意志で取り組んで来た人々というのは必ず結果を出すし自分の中に自分のやり方で答えを見つけ成長して行ったり、自分の幸せを手に入れていらっしゃる。

昨年、Tさんから実に数年ぶりのお申し込みをいただいたとき、私は「あ!Tさんだ!」と小さく叫んだ。何故、たった一回の逢瀬で、しかも、ほとんど多くのことは語らず涙を流すばかりだったあのセッションを覚えていたのか。

初回に多くを語れない人なんて大勢居るのに。

最初はその理由が分からなかった。

でも、昨年Tさんと再会していくうちに、段々と分かるようになっていた。

私の中にもTさんのような人が居る。

遠い昔に克服したものの、あの頃の私が心のどこかに居る。

全身に力が入らない。頭が重くて痛い。時間が守れない。大切な日に限って寝込んでしまう。とてもじゃないけど働けない。いつも不安でいつも怖い。どんなに他人に誉められても自分を信じられない。心は怒りに満ちていた。少し動くと寝込んでばかりいる。

そしていつも体調不良の自分を「どんだけ弱いんだよ。」と責めてばかりいた。

昔の私は心理学を学んだりレイキに出会ったりして、その頃の自分の状況がもっともなことだったと分かるようになって徐々に克服して行った。
それまでは自分がPTSDを抱えていたり心にあちらこちらに傷があるだなんて全然思っていなかった。

だから自分に怒り叱咤激励するばかりだった。

もちろんそれによって乗り越えられたものもあったけれど、自分を傷つける生き方をしてはますます自分を弱らせていたのだと思う。

その頃の私は、弱音を吐くことも自分に許していなかったし、恥ずかしいことだと思い込んでいたので抑圧していた。だから、誰もその頃の私のことを知らない。普通の人のふりをして、むしろ周りは仕事が出来る人だと思っていたくらいで。

時々どうしようもなくなってこけると「あれ?」と周りは思うのだが、その後の鬼のような働きでまた暖かい眼差しで見護ってくれたり許してくれる人々に守られているというだけだった。

でも、無理をしていた。

弱虫で何も出来ない無力の私は確実に居た。


Tさんが初めて会ったとき、泣きじゃくりながら話して下さった状況は遠い昔の私そのものだった。

いや、出会った当時はまだ存分にそんな部分が残っていた。

でも、ちょっと面白い法則がある。

自分の基盤を作る幼い時期を滅茶苦茶な環境の中で過ごしたり、打たれまくって徹底的に存在を否定された子供というのは、確かに大人になってすぐの頃にもショック状態が消えていない。

しかも生きて行くために、その痛みや悲惨さを感じないために、自分に麻酔をかけたままのような状態でボーーっとしている。

自分が自分じゃないような状態。

ところが、このタイプの人々は、このことに向き合いさえすれば年齢を追うごとに人よりパワフルになって行く。

何せ時と共に麻酔が覚めて行き、「いやいや、あれは間違った子育てだろ。あってはならん。」と普通に思えるようになったり自分や他人に当然の権利を見いだす。

どんどん目覚めて行くので年を追うごとに元気になって行くのだ。

それとは別に、取り組むともっと良いのは、自分の現状や、この現状を作っている原因を誰のせいにするでもなく正しく知ること。

そしてケアをして行くこと。

私の場合は現状と原因までを心理学で学び、それに対するケアをレイキで行った。

さらに、特筆しておきたいのは、応援して下さった沢山の方々のこと。

家族も友人も、そして、1999年からこちら出会った様々な方々にも支えて貰ったりヒントをいただいてやって来た。

そして、自分のケアがある程度進んだ頃、人様のケアにも携わらせていただけるようなるまでの道のりは、決して平らな道ではなかったが、楽しかった。

少なくとも、不毛な日々を送っていたそれまでとは。


Tさんは、私と会わない間も自分なりにワークをしていた。

そして、昨年お会いしたとき、やはり初回のように泣きじゃくってはいたものの、前よりずっと雄弁にお話されるようになっていたので驚いた。

当初は一回来るだけでも大変だったし、しかも今は私の事務所があの頃より格段に遠くなっているというのに、頻回に通われた。

「私、来れてるよ!」と仰ったり、「来る時間が物凄く早くなって来た!」と仰ることもあり、「今日は物凄く近く感じた!」と自分にビックリしつつ喜ばれていることが増えた。

そして、昨年のある日「私、働きたい。」とポツリと仰った。

後に彼女が語るところによると「あたし、何であんなこと言ったんだろう?寝込んでばかりいるのに。」と後から思ったそうだ。

それから色んな情報を観て職探しをすること数カ月。

でも、面接を取りつける電話をかけようとすると動悸がするし寝込むということが続いたり、ぐったりしたり。

「怖いよー。怖いよー。」

まったく分からない人も多いかも知れない。

でも、私は、その気持ち、分かる分かると思っていた。

が、とうとうこの春、やり遂げた。

でも、いきなり「週5。」という話を聴いてビックリした。彼女の体力と今の生活の状況をよく知っていたから。

「そうなんですよねえ。ああ、大丈夫かな。」

なんて言いつつのスタートを切った。

そして先月末「出来ている!」というメールが来た。

さらに、今日、久しびりの再会。

白ちゃんの「にゃあああん!」という声。

「やっと来れたあああ!」という彼女。

「四月は死人のようになっていたんですよ。もうダメかと思いました。休んだ日も一日二日ありました。でも、今月に入ってから物凄く元気なんですよ!」

凄い。適応したんだね。あんなに起きれなかった人が。たった一ケ月で。

正直言ってもっと少しづつ始めると思っていたし、一回でうまく行かなくても良いんだよってのも思っていた。

でも、物凄く頑張ったんだね。

ここ一ケ月半ばかりの出来事や心境を聴いていて、胸に迫るものがあった。

やっぱり彼女はよく泣いた。

ついでに「子供の頃、泣いちゃいけないって叱られたから、ずっと泣けなかったんですよ。でも、ここに来ると泣いてしまう。」ということを明かしてくれた。

いっぱい泣けたから良かったのかも知れないね。

ヨガも良かったよね。いつの間にか体力ついていたんだね。

でも・・・と言っている途中で。

「うん。あと、職場で緊張して辛くなる度に白ちゃんみたいに自然に!って自分に言っていたんです!」と仰るのにはうけた。

でも、何より、Tさんの力だね。ってか、職場でグルーミングしないようにね。

物凄く自分の成したことに感激なさっていたのだけど、私も嬉しくて仕方ない。

私の中にも緊張しいの怖がりの私が居るから。だから、Tさんは私にとっての星だ。

帰り際またしても「わーん!」と泣いて「ハグしても良いですかあ!」と。

私も泣けてしまう。

長かったもんなあ。

こうして小くて大きい夢を一つ一つ叶えて行くんだね。

「まさか私に出来るなんて思ってなかった!わーん!わーん!」

分かるー。私もよくそういうこと思って来たあ・・・。
怖くないと言えば嘘になるけどやろうと思えば出来るんだよね。

こうして新しい自分にどんどん出会って行くんだね。

私も頑張るねー!と思う。

ありがとう。

彼女はよく自分のことを誉めるようになった。人に自慢するためじゃなく、自分のために。

昨年の暮れ、「今年は勇気を出してもう一度カウンセリングを始めて、しかも通えた!」と自分を誉めてくれた。

うん、よくよく自分を見つめた。そして、自分のパターンをとうとう変えた。

そして、「私、働いてるー!」と沢山自分を誉めてくれた。

と、小さな一つ一つを丁寧に誉めて進んで行ってくれた。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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2012年05月20日

Head in Heaven and Feet on Earth (頭は天に足は地に)バイオレットとレッドの間に存在する人生

久々というか、やっとEさんにお会い出来たという感じがした今日のセッションだったと思うのだけど、考えてみればそんなに何カ月も経っていないのか。

白ちゃん的にもやっとEさんに会えたのだけど、さっそくおみやげのおやつをその手からいただいてガツガツむしゃむしゃ・・・。

Eさん、思わず「うん。痩せてない。」。

そ、そうなんですよ。すみません、大騒ぎしていて。勘違いでした。201205193.JPG

今日はAさんとOさんのレイキの講座の日でEさんとNさんが再受講にお越し下さった。

AさんとOさんとNさんとは古くも親しい仲でいらしたのだが、Eさんは初対面。

でも、思わぬところで、あっという間に関係が繋がって行く。

優しくてパワフルで暖かい・・・と言うか、熱くて(笑)、騒がしくも楽しい時間が過ぎて行く。

涙もあったけれど、笑いがその百倍くらい。201205192.JPG

面白い方々だなあ・・・と思う。同時に何て優しいのだろうと。

Eさんの涙が零れたあと、Oさんも色んな思いを抱えてデトックスする。

Eさんに語りかけるAさんの何と言う優しく暖かい笑顔か。

皆さん沢山お話して下さったのだけど、もちろん語られないことの方が多い。人の人生や生活とは、そういうもの。

でも、Eさんの自己紹介のときにNさんがあたりをつけて、”あなたのことをこういう理由で知っていたんですよ。”と言うことを伝え、その経過の中で、どんなことを感じていたのか?ということを一生懸命語ってくれた。

Eさんも一生懸命話してくれたしNさんも一生懸命話してくれた。皆さん伝えようとしてくれた。

でも、人の心は海のように深く宇宙のように広いので、もちろん語り尽くせない。

が、”感じ合う”ということがとても上手な面々だったので、言葉以上に伝わるものが沢山あった。

当初、せっかく偶数だからトレースを体験していただこうかと思っていたのだけれど、やらずとも”感じ合う”ということが充分になされていた。まあ、時間もあっという間に過ぎて足りないくらいだったし。(笑)201205191.JPG

セカンド終了者の方とサード終了者の方々は他者にアチューメントをするのは今回が初めてだったのだけど、とても板についていた。

素敵に感じられていた。

素敵な手をした人々だった。

せっかくなので、その手が沢山使われることを願った。

使えば使うほど浄化されるしパワフルになる。

知識を伝えようとすると一晩くらいかかってしまうくらいキリがない。

でも、手を使わない知識ほど恐ろしく無意味なものはない。

触れてみて触ってみて、感じてみて初めて分かることの方が世の中には多い。そして、その感覚で一つ一つ確かめながら、一歩一歩踏みしめてグランディングして行く。

頭は天に。地は足に。

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講座の後、Eさんが60分ヒーリングをお申し込みになっていたので白ちゃんと三人の一時を過ごす。

白ちゃんはこちらに耳を向けてはいるものの、ヒーリングが終わるまでEさんと遊ぶのを我慢していた。

講座などで分厚いエネルギーの人が集まると浄化作用が何倍にもなるので、この頃私たちも心地よい疲れを感じてほんわかしていたのだけど、白ちゃんもまったりしていた。

そして、終了と同時にEさんの手からまたしてもおやつを沢山食べていた。

Eさんのお母さんが、他界した後にも身内に尊い仕事をなさっていたというエピソードを聴いて涙が出て来る。

そして青いサンキャッチャーがまた揺れていた。

レイキではよく霊性が高いという表現をするのだけど、それは魂の質のことを表わす。

レイキは霊性を向上させるのだという話を聴いた何年も前、当初の私は「霊性だなんて。人に高い低いもあるものか。」と思ったし、「生きていなくちゃしょうがない。」と思っていた。

そんな遠い話をされても分からないと。

でも、時々こうしてまさに霊性が高い方のエピソードを聴く度に思うようになった。

霊性が向上するというのは、抽象的なことではなくて、まさにパワフルになるということだったのかと。

出来ることが増えるし、大切な人のことを護れる状態に向上することなのだと。

お母様のことをとても理解しつつも、やはり悲しみやせつなさを感じることの方が多かったEさんが、お母さんが成したことを語ったあと、『なんだか、嬉しくなっちゃった。』と仰るのを聴いて、私も嬉しくなってしまった。

講座の最中にNさんが『あの桜の樹を私もここに来たとき目にしているんですよ。』と言って『ここにその形が見えるみたい。』と仰った。

そうなんだよね。

あの梅と桜が枯れてから花を飾ることがぐんと減ってしまった。

でも、今でもそこに、あの樹と同じ高さと形で存在しているエネルギーがあるせいでもある。それで何となく自分で買わなくなったということもある。

その空間に花をいつも見ている。白ちゃんもよくそこに寄り添っている。

もう一つは私の執着と甘えかも知れない。少しづつ薄くなって行く樹の半透明の形が惜しくて。

でも、それは、心の中に転写していつまでも色あせない思い出としてとっておこう。

小さくて繊細なピンクの花びらが降り注いでいた日の記憶として。

小さいのに凄まじいくらいに咲き乱れては降り注いでいた強さと共に。

数年前にコブクロの”桜”に感動したのだけど、その一節に”花弁の数と同じだけ 生きて行く強さを感じる”というのがある。

肩を落としていた時期、改めて聴いていたら、いつの間にか何だかEさんたちのお母さんの歌のように感じるようになっていた。

それはともかくあの方のこと。

おそらくは今回のエピソードに出て来た身内の方だけでなく愛娘さんたちのことはがっつり護って行かれるのだろうなあと思う。

え?大丈夫なの?といくら現世の私たちが思っても好きなだけ力をふるわれることだろう。

導いたり護ったり。

素晴らしいことなのだけどハラハラ涙が零れてしまうのは私にまだ肉体があるからだ。

そして、この時代にこの肉体を持ち、存在し、同じ時代に生きる人々と触れ合うことが出来ていることの素晴らしさも、同時に感じて尽きない。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンセリング/ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする