2008年11月01日

聡明な彼女/レアなビーズ/練習台

日々、色んなインナーチャイルドという肩書きがつけられている存在とやり取りをする。

今更言うのも何だけど、私のベースは論理療法とインナーチャイルドワーク。

相手の方の肩書とか現在の年齢は関係ない。

セッション中に私に「辛かったんだよ!」とか「寂しいんだよ!」等々叫びかけて来るその存在がインナーチャイルドの声。(これはほとんど非言語的に聴こえて来る。)

まあ、とにもかくも、大人の部分のその人と話している時間よりもずっとインナーとのやり取りが長い。

でもって、論理療法か、インナーチャイルドかのどちらかをやっているのか?と訊かれるとそれもまた違う。

はたまた両方を組み合わせているのか?というとそうでもなくて
論理療法とインナーチャイルドワークの融合みたいなことをやっているようだ。

私自分がしていることなのに「やっているようだ。」と人ごとのように表現するのは何故なのか?というと、

厳密に言って、私がそうしているのではなくてクライアントさんがそういう流れに持って行っていっているから。

もちろん、ほとんどの場合、その自覚はないのだけど。

もう一つ、インナーチャイルド側に論理療法を使って大丈夫なのか?という危惧を仲間に言われることもある。

これが大丈夫なのだ。

どんな幼い時代の彼女らを相手にしたとしても通用する。

何故ならば、彼女たち、彼らは大人の私たちが想像する以上に聡明で論理的な話についていくだけの力があるのだから。


というわけで、ふと今日もとあるインナーな少女との出会い。

色んな人と接して来たのでもう大抵のことでは驚かないという自信があったのだけど、違った。

今日はまたビックリしたよ。

幼い頃からその生活環境のためにいろんな宗教観にさらされたり、政治がらみのテーマが身近に存在するような境遇だった。幼いころからだ。

その時代の彼女は
「資本主義で要求される”良い子”と共産主義で要求される”良い子”は違うのだ。」と言った。

ずっと幼いころから、そのことを知っている子供だったのだ。

既にそのころから闘っていたということになる。

そんな苦しい中でも自分という存在を握りしめつつ、失わず、生きて抜いて来た少女に、今日の私はというと目をむくばかりだった。

インナーを抱えた人たちの足取りはそれを抱えて歩く分だけ重い。

そして、心から巡り合えたことに感謝した。

敬。

****************

帰宅したあと、ぼーーっとして、アクセサリを作るには絶好のチャンスだった。

無欲でエネルギーブロックが皆無。

しかし、パワーは温存されている。

ので、ボードの上にビーズを並べつなぎ合わせ始めたところ、次女くん登場。

次女くんの今日の出来ごとを「あー、そうなのー。」なんて話を聴いている際、私は何とシトリンとアメシストの組み合わせを選んでいた。

さらには間に水晶を。

出来上がりが非常に美しかった。不揃いのタンブルの透明な輝きと光を集める水晶の相乗効果。

あ、今までで、私、一番これが好きかも?と思ったそのとき、次女くんが「欲しいな。」と。

・・・・・・・・・・。

よくよく考えてみたら普段一人で作っていたらアメシストとシトリンの組み合わせなど作らない。

次女くんがそばにいたから出来た組み合わせだ。

操ってただろうぅぅぅ!?と言いつつもプレゼントしてしまった。

くくくっ。ショップにアップしようと思っていたのに、しかし、これは確かに次女くんのブレスだな、これ。どう見ても。

レアなビースを仕入れているので今度いつ同じタンブルが仕入られるとは限らない。

でも、まあ、これは次女くんに必要で作らせられたので。もしも他の人にも回るチャンスと意味があればまたその時にでも入手できるだろう。

***************

して、出たよ。

寝る前の次女くんのタイ古式の練習台。

今日もぐおおおお!ぎゃおおお!と言いつつ、終了。

身体が軽いですわっ。でも、痛いっすけどね。
posted by かおる at 01:00| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育てとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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