2012年06月08日

無謀なこと&手放し

夫婦カウンセリングの最中に、妻が夫に不平を言っている場面が多くて、話題は人それぞれなのだけど、今回の場合は「子供のことを全然考えていない。」というお題だった。

そうか、そうか。そりゃあ、そう感じたら頭に来るだろうなあと普通に思う。何たって子育ては大変だから。

ところが、両者の傾聴をしてみると、旦那さんもお子さんのことを凄くよく考えているのだと言うことが分かる。

ただ、考える視点や角度や時間帯が妻とは違っているというだけで。

でも、老若男女を問わず、自分を被害者にすることが得意な人というのは、相手が如何に酷い人間で自分が如何に正しいか?ということを主張するのが得意な人でもある。

要するに目的はそこなんだよなあ。自分を保つために悪者と救済者と犠牲者を決めている。(ほんとは自分を犠牲者だと主張する人ほど凶暴な人は居ないんだけどね。)

同一の夫婦間においてだけでも、話題がその時々で変わるだけで「この人が家事をやってくれない。」とか「この人が、今、私が考えているときに、一緒にこれを考えてくれない。」と言うネタはドンドン出て来る。

でも、それって当然なんだよなあ。

違う人間で、しかも互いに違う仕事をしていて違う趣向がある。違う文化を持っている。どちらも大事なものだ。

だからむしろ、同時に自分と同じことを考えて自分と同じことをしなければならない!というイラショナルビリーフがおかしいのだ。

何で、夫婦だとか友達だと同じことを同時に考えなければならないのかなあ・・とビックリしているのはまだまだ序の口で、中には他人様も自分と同じように考えなければならないと思い込んでいる人も居る。

果ては同じように表現しなければならなかったり、相手の感じることまで支配しようとする。

そりゃあ年中怒って過ごすわけだよなあと思う。違う人間だから一致するはずがない。

さらに、その怒りを表現出来ない人だと心身に症状が出てしまう。

つまりは症状を出しているのは自分の強固な支配欲が根源なわけだから、そこを修正して行くのが正しいし早道なのだけど、なかなか理屈通りに行かないのが人間。どうしても他人のせいにしたくなる。

でも、もしも、自分が作りだしている状況や症状だということに気がついていれば心構えや相手への想いも大きく変わって来る。

人がいつ何を見て何をして何を感じるのか?ということまで支配しようとするのは馬鹿げたこと。

でも、それに付き合ってくれるのだとしたら、それはどんなに短い間でも、どんなに些細なことでも非常にありがたいことだろう。

ところが、そのありがたい瞬間をポイと捨てて、次の不一致を探し続ける人の目がいつも血走っている。

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あれは遠い昔。看護学生の頃。

産婦人科の実習で出産に立ち会った生徒たちに教師が感想文を書かせた。

そう、題目は”感想文”だったのだ。

でも、おそらく教師側には「素晴らしいと感じて欲しい。感動すべきだ。」という強い思いがあったのだろう。

ところが私の友人である生徒のうちの一人が「動物の出産と同じだった。」という一文を感想文に混ぜていたので、物凄く激怒した。

彼女としては、その自分のペットの出産の際にも涙が出るほど感動したケースだったのだが、教師は聴く耳を持ってなかった。要するに、動物が好きじゃないという観念や、人間の出産が素晴らしいのだという観念も混じっていたからだろう。

「動物と一緒だと感じることとは何事か。」と、ずいぶん長い時間を取って説教をしていたのだけど、こういうシーンや、こういう話、これまでにもよく見て来たし耳にして来たなあと感じていた。

感想文にも関わらず、自分が期待することを感じろ!という暴力。

それを止めるべく横から表現しようとしたのだけど、火に油を注いでしまったし。(笑)

はたまた卒業を前にした当時の友人が「この学校に来て良かったのかどうか今でも分からない。」と表現した際にも、物凄く怒られていた。

教師には「感謝すべきなのに。」という怒りがあったから。

でも、私は感じていた。

体裁の良いこと、気に入られることを言ったり書いたとしても、それが嘘だったら意味ないよなあと。

そりゃあ出来ればポジティブなものを感じてくれたら嬉しいけれど、衝動的に犯罪を犯す人の多くは、本音を抑圧して来た良い子ちゃんが多いのかも知れない。

だから、そちらの方が怖いよなあと、今の私はそう思う。

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人に最も疎まれたり重いと思われる人の心理とは、本来自由である人間の生き方にいちいち制限をかける人だ。

無論、ご本人も自分に重い枷や制限をかけているからこそ、自由にしている人に投影を起こしたり縛ろうとするのだろう。

もしもそれに気がついていたら、人を縛りつけるより自分を解き放っていく方向へ努力して行くのが得策。

そして、迷惑な支配欲や独占欲を使って「自分を見て。自分が感じていることを感じて。」とネガティブな方法で人を縛る自分を責めるばかりでも変わらない。

そこには、責めるのではなく、早めに客観視した方が良い原因があるからだ。

例えば一つのケースで言えば、親に甘えられて来なかったと認識している心が恋人や友人や配偶者に出会うことで暴れ出す。

今まで満たされなかった分を全部一個人や一企業相手に満たして貰おうとする。あるいは世の中全体にそれを求め続けるかも知れない。

「自分では決められない。見ていてくれないと出来ない。」と。

でも、本当は出来る。出来ないと思い込んでいるから、人を引きずり込み怒ったり嘆いたりしてしまうのだけど、本当は出来る。

でも、それが認識出来るまで、自分に自信が持てるまで、もしも付き合ってくれる友人や恋人、配偶者が居たとしたら。

それはやっぱり感謝じゃねーの?と私は思う。どこが不幸なんだよと。

ところが、何も頼んでいない人に、”そう感じれば良いのにねー”なんて思っているだけでなく、いちいちそれを言っていたら、それはそれで立派な支配になっちゃうわけで。

だから、私は「何が起こっている?どうして私はこんな?」と考え、依頼して下さった人と共に考える。

最も、その準備が出来ていなければ、いくら誰が何を言ったとしても、自分の固定観念に都合の悪い情報は入って行かないように人の脳は出来ている。

そして、その準備が出来ていない人というのは、本当にどこまでも膨大に他者の時間と労力を奪い続けるものだなあと思い知る。気が済むってことは永遠にない。

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とある人が休養している際に、「あの人は大丈夫でしょうか?とても心配なので様子を教えて下さい。」と言う人が居た。いや、あの・・・。人のプライバシー、よう教えんし。っていうか、どうして直接訊かないのかな?と思う相手は、いつも、もう、とにかく”知りたがり”の人。

っていうか、こういうことってのもよくある。

もっと不思議な場合には、自分自身が直接交流しているはずの人の名前まで出して来て「Sさんは大丈夫でしょうか?Mさんは大丈夫でしょうか?」と言って来る人も。

で、そういうときに「ああ、今、家を建てていらっしゃる最中だから。」とか、「あの方はカウンセラーなので、どんなプロセスを辿っても自分で答えを見つけられる人だから大丈夫ですよ。」と、ポジティブなお知らせを答えると、名づけて妖怪知りたがりの人は非常にガッカリした顔をする。あるいは「なーんだ。面白くないなあ。羨ましいなあ。」というような間が空く。

人それぞれその表わし方は違うのだけど、そういう瞬間にはやはり他人のことばかりで自分の心を埋めたがる人のうっとおしさを見てしまう。

人のことを過度に心配し過ぎる人。それはその人自身が一番心配な人だ。

でも、そこを見つめるよりは人の心配で心を埋めていた方がまだ何かのプライドやスタイルが保たれるのだろう。

人を愛することや想うこと、信じることは同系統のエネルギーで力を生み出す。それを心配と呼ぶ場合もあるが、全く別物だよなあと思う。

でも、先の知っていないと気が済まない自称優しい人々は、いつまでも自分のことをやらない。心配という名の監視と支配で心を埋めている。

その頃、”心配されている側の人”というのは執着されている人ということなので、肩や腰がドーンと重くなっている。

ところが、自分を見つめたり、学んだり、レイキで浄化しようと思う人の多くは、自分を自由にしておけるし、人を放っておいてあげられる人々。

だから、人に変な念を送らないし、自分自身も人のそれを受け取らない。ノーとハッキリ言えてしまうし、その余力でまた自分の好きなことを自由にやっている。

実のところ、必要ないんじゃないの?と思うほど磨かれている人ほど自分を磨いて行っているので、何だか格差はますます広がるばかりのような。

と、時々この流れに疑問を感じるのだけど、おそらくはなるようになっているのだろう。

ということで、手放す。

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今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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