2014年01月09日

不治の大二病(な人も)

今年も無事にHさんにお会いすることが出来て本日もあけましておめでとうございますという喜び。

近況をお話して下さったり一緒におやつを食べながら勉強したりと、これまたあっという間の2時間だった。

今日出たテーマは自己概念(セルフイメージ)だったのだけど、これはこの先もずっと続いていく重要な概念で誰しも定期的にチェックすることで現実とのずれを回避出来たり、周りに首を傾させて困らせるようなことが無くなったり、はたまた自分自身が楽に生きられたりする。

「おもしろかった!」と仰るのを聴いて「それは良かった!」と同じテンションで答える。

本当に理解出来た人は面白いと思うか、もしくはズレが大きい人は即座に興味を持って修正にかかったりする。

たまたま同じ個所を学んだ人も居たのだけど、理解出来ていなかったり自分見つめに使う気持ちが無いと決して謙虚に学び取ることが出来ない。

いつまでも親や他人の承認を必要として理解して貰うことや受け入れて貰うことばかりに終始して人生が終わってしまう。

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承認と言えば、今日は面白い記事を読んだ。

求めてもいないのに次々と送られて来る招待を目にしたり、クライアントさんのエピソードを聴いていて何かが気持ち悪いなあ〜と思っていたのだけど中々言葉に出来なかったのだけど、いくつか合致したり納得出来たりする部分が言葉に変換されているのを見て面白いなあーと思った。

まず第一点として若者に限らずとも、例え30過ぎても40過ぎても下手すると50を過ぎてもレスポンスや承認を貰えてあたまえだと思っている人はいるし、そうして他人に求め過ぎる人は歪んだ認知を抱えたままいつも怒っているのよね。

あと、私はまだツィッターだのフェイスブックってのは使っていないし、今のところは必要性は感じていないのだけど、”呟きという防御膜”というあたりを読んでいて色んなことを思い出した。

ミクシィなるものをやっていた頃、ブログのコメントに「ああ、良かったあ♪安心しちゃった。^^」というようなコメントを残しているのに、ほぼその直後と思われる時間帯にミクシィの方から超超、超が付くほどの長文メールで「もうどん底。ショックなことがありました。悲しいことがありました。」と送って来る人がいたり
はたまたブログで「幸せいっぱい!」と書いている人が「もう死にたいです。」とメールして来たりとか。

人に見せるための外向けの自分は、明るく幸せな演技で綴って、それと同じ口で「どん底です。助けて下さい。」って言う人に「????」となり、いずれにせよ、そういった方が書いた文章ってのは全く興味がなくなっちゃうのよね。どうせ嘘でしょと思ってしまうし無理やり嘘つかなければならない虚栄心や虚像を手伝わされるのはごめんなのだ。

ミクシィなどで辟易していたのは「友達になって下さい」は良いのだけど、いつもいつも「ショックなことがありました。」と同じような話を一方的にする人と友達になりたがる人は居ないと思う。あるいはいつも怒って皺だらけの顔している人とかもそうだけど。(まあ、極度のメサイヤ・コンプレックスの人なら別だけど。)

自分を誰よりも苦労して来た人だとか、可哀そうな人だから、あなたは私によくすべきだと言う人の場合は、やっぱり自己概念と現実との大きなズレがある。

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その人たちのことを思い出したところ、次に思い出したのが先日読んだ記事。

一昔前の日本はか弱い女の子を護りたいーって風潮が多かったのか、女性の方が良い年して無力なふりをしたり赤ちゃん言葉で喋ったりしている。

酷いケースになると外資系の会社で日本女性が1オクタープ高い声で出るので「日本人はどこでも子供を仕事に付かせているみたいだけど、労働基準法に違反しないのか?」と思ったとのこと。

こ、子供じゃないんだよなあ。おそらくは良い年した大人の女性なんだろうと思う。

日本人の男性は可愛い声を出して電話に出ると喜ぶんだか何だか知らないが、海外ではむしろ低いトーンでしっかり話す女性が好まれるので、この習慣に驚いたとのこと。日本人の可愛いって幼児返り状態のことをさすのか?!と。

はたまた多くの摂食障害を抱える人たちに聴いたエピソードで比較的多かったのは「だってえ〜、痩せてないと可愛くないじゃんーー♪」という理由だそうだ。

いや・・・青白い顔でガリガリだと可愛いどころかもはや陰気で、下手するとホラーの域の人になってしまうと思うんだけど。

「でも、私は守ってあげたい!って思われる女性でいたいんです!」と般若顔で怒ったりとか。守られなくとも良いでしょうが。そんな般若顔の人に近づく人はいません。ってか、守られるためと画策するあたりがずうずうしい。

誰かを護ろうとしないまま、愛することもしないまま、いったいいつまで”私は可愛そうな人”で”あなたは私を助ける人”という幻想を探し続けるのだろう。

はたまたその逆には「私は知的な会話をしたい。大人の会話をしたい。」と言いながらその人自身が物凄く幼稚で自分の話をするばかりの人だったりとか。

ちょっとこの後述の方の記事はところどころ「?」と思う箇所もあったのだけど、”メンヘラ傾向の女の子は根本的には自己中心的です”というあたりはそうかも知れないなあと思ってしまう。

”自分の否を認めない

ここが一番の重要です。
あらゆることを他人任せにするがゆえ、自分は悪くない。
「自分をこんな状況に追いつめている周りが悪い」そんな考え方です。

だから、成長もしない。同じ事をくりかえすのです。”

でも、それが本人にしてみれば他者との関係の築き方だと思い込んでいたり、可愛く思わせる方法だと思っているあたりが紛れもなくズレなのよね。

で、とどめに自己中には自己中な異性しか寄っていないという法則に気付くその日までずれっぱなしで重症化して行くのだった。

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結論。承認の第一人者は自分。まずは自分で行おうとするということ。

そして突拍子もなく歪んだ自己概念をまき散らす前にそのずれに気が付くこと。

結局突き詰めて行くと人生の全ては自分の責任なのだろうと思う。

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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。
今日が あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンセリング/ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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