2014年02月13日

無事で何より

今日はとある方のセッションの前、ドキドキしつつ待っていた。

何故ならあの数日前の豪雪の日に遠く離れた愛する家族に会いに行く予定の方だったから。20140212.JPG

その方のことを知る共通の友人に「○○さん、大丈夫だったかねえ?」と翌日言い合っていて二人とも沈黙で宙を見つめる数秒間。

電話とかメールとかしたくなるのだけど、それは違うのよね。
信じて待とう。

それからあっという間に数日が経った。

そして再会。

どうだったっ?!大丈夫だった?!よく来たね!と叫んで迎えてしまう。

すると彼女はコロコロ笑って「行かなかったんです。飛行機が欠航だらけだったんだもん。」と。

良かったー!と胸をなで下ろした。

そりゃ目的が達成できなくて残念だっただろうとは思うのだけど、その彼女の割り切った笑顔と、安全に過ごして下さっていたという現実がこちらをほっとさせる。

「考えて見ればちょっとまだ無理だった。バタバタ用意するより一か月後に延期することにしました。」と。

そうなんだよね。かなり病状はよくなられてはいるものの、ギリギリの線だった。でも、基本的に本人がやりたいということならば、よほど命に関わることでもなければ反対出来ないと言う状況だった。

コロコロと笑って下さっていた。

お話を聴いてレイキをあてて。

ほとんど健康人の疲労を残しているだけの身体に限りなく近づいていた。

しかし、あの日に限っての突然の豪雪。

多分彼女は守られているのだろうあと思った。

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昨日からお目見えした石油ストーブ。。。。

あ、熱い。

ほんとこんなに暖かったのね。カウンセリングとか施術している間に汗ばむほどだったし。

服部熊さん、ありがとう。

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ipadで調べものしてたりするとキャンディクラッシュなる名前のゲームの広告が毎回出る。

ええい、うっとおしいなあと思いつつ調べものをしたりメールカウンセリングをしている空き時間。

しかし、先日某所でしゃぶしゃぶパーティーをしている際に「わーん、キャンディクラッシュができなくなっちゃうじゃん。」と言っている方がいた。

それが頭の隅に残っていたのだろう。思わず電車の中でDLしたのは良いが。

大変ね、これ。

私、昔からテトリスとかぷよぷよとか大好きなんだよね。

何かかちっと正しく揃うと大きく動いてくれるものが好き。そしてどこか幾何学的に整列しているものや、きちんとはまるものが好き。

すげー忙しいし焦っているってのに、はまっちゃったよ。困ったもんだ。

それを切って仕事に戻るのが大変だった。

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そうそう、正しくはまるものとか、きちんと謎がとけてしっくり行くのが好きなのは何も個人的な好みに留まらず世の中の摂理もそうなのだと思う。

人は自分の思い通りにならないことや上手く行っていないことがあると、とかく周りのせいにしたがるので、抑圧したり合理化してみたりする。

でも、無理があるし滅茶苦茶な理由だから、それをやり過ぎるとますます病む。

よくあるパターンなのだけど、長年心の病気を患っている方だと、世の中が悪いか自分が悪いか?の二者択一しかなくなって来る。

もっと傾聴出来ればそんなバカなことがあるはずないと分かるのだけど、いかんせん誰と接しても時間と労力を奪うことが目的になっちゃうとそれすら気が付かない。

元気になれば世の中そのものや著名人や身の回りの人をけちょんけちょんに叩く。

それだと根本的に元気になるはずないのでしばらくするとまた具合が悪くなって、今度は自分以外の人が立派だということにして、自分をけちょんけちょんに叩く。

そうすると実に無理やりな理論になっちゃってまあ。

「お金には興味ないの。」と言う人が親に借金していたり、友人をただ使いする。

それに応じなければ冷たいってことになるらしい。

むしろそういう人ほど金金言っていて、話題、それしかないの?という状態になっている。

これ、自称男性恐怖症の人が男性に異常に執着しているのと同じ。

世話かけている相手に向かって「お金には興味ない。」ってポーズはおかしいよなあ。

欲しいものを欲しいと言えなくて、そのための努力から逃避し続けるから一生誰かのせいにしなければならない。

はたまたある人は大勢の既婚者が居る前で「私は理想が高いから結婚出来ていないの。」と言う。

そういうと何だか皆は理想低いよって言っていることになるのよね。

あるいは「私は誰よりも真面目です。」と大勢の人の前で主張する人も気が付かない。

皆物凄く一生懸命色んなことに折り合いをつけて生きていて真面目なんだけど、そういう言い方って「あんたたちは不真面目よ。」って言っているのと同じなのよね。

時に極度の合理化は、知らず知らず人に失礼な言動を取るということになる。

自称傷つきやすい人は「世の中の人は皆鈍感で自分は繊細なんだ。」という理屈を振りかざす。

そういうふうになっちゃうともう成長の余地が無い。痛くて聴いてられない。

世の中に懸命に生きていない人がどこにいるのか。皆誰しもざっくり傷つく心というものを持っているよ。

結果だけを観て批判する防衛は、本当に人を鈍感なまま傷つけてくれるものだなあと思う。

そのパズルは合っていない。

例えば一人一人がパズルのピースだとしたら、そういった方々は必要なピースを探すということを怠って、無理やり違う形の凹みや突起を他人に合わせようとする。

自分を傷つける生き方というのは、他人をも血だらけにする。

でも、ではどうしたら良いのか?という真っ直ぐな疑問や謙虚さが無い場合は心は変わらない。

人の思いやりも心尽くしも蛇口をひねれば簡単に出て来ると思っていて、枯渇したカランをどかどか殴る。

それは鈍感を通り越した鈍感だと思う。

しかし、「繊細だ。」という合理化はいつまでも続く。

世の中には色んな涙があるものだと思う。

少なくとも、それを想像しようともしないタイプの人も存在するのだということ。

ええ、そんな鈍感なことって無いよ。

非常に悲しいなあと思うことがあった。

けれども、それも私の個人的な感情で、この世のすべての人に時間というものは与えられている。

それを何にどんなふうに使うか?ということは、あくまで自由なのだと思う。

自分はどうするか?ってのが大事。

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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。
今日が あなたにとって良い一日でありますように。

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posted by かおる at 06:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンセリング/ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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