2012年03月21日

お知らせ

下記 ご予約締切りました。

ありがとうございました。黒ハート
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2011年12月01日

白ちゃん病院へ行く

いつぞや、小さめの木に登っている白ちゃんを見た。

!!!!!凄い!

部屋の中では全然高いところに登らないのに、そんなこと出来るんだ!201111301.JPG

テーブルから床に降りるのでも高齢故か椅子を介しての二段階なのに。

「にゃー!」と得意そうに言う白ちゃんに手を伸ばすと抱きついて来た。

外にも出かける猫の場合、爪切りすべきかどうか悩むところなのだけど、時々床や階段に鞘状の古い爪が落ちているのを見かけるようになってから、2週間に一回くらいは切るようにしていた。

とは言うものの、先っちょのとんがったところを少しだけ。

それだけでも白ちゃんにとっては迷惑な話だったらしく毎回「止めてくれよ!」と哀願していた。

そして、昨夜のこと。201111302.JPG

夜もふけての帰り際、また久しぶりに爪切りをしようと思ったら、超ビックリした!

他の爪は差程伸びていないのに、右の第二趾のところだけが伸び過ぎて肉球に刺さっている!しかも少しだけ瘡蓋化しているじゃないか。

もしも猫の凝血のスピードが人間と同じくらいだとしたら、半日以上は前に刺さっていたということになる。

いつものように昼寝したりご飯食べた散歩に行ったりと、ひょうひょうと過ごしていたし、歩く姿も自然だった。

でも、これは絶対痛いに決まっている。

ましてや外に行くんだから化膿するかも知れない!

戦々恐々として電話をかけまくったが、近隣には夜もやっている獣医さんは無かった。

消毒薬と止血パウダーは人間のしか無いのだけど、何とか引き抜いてあげたいと思った。201111303.JPG

が、これがまた本気で哀願して来る。「触らなければ痛くないんだから止めてにゃん!」

優しい子なので、噛み付いたり引っ掻いたりもしないし、シャーって言う声一つあげない。

段々冷静になって来て、「そうだよなあ。今ここで無理やり引き抜いてパウダーで止血出来なかったら事だもんなあ、明日改めて獣医さんに処置して貰うか?とブツブツ呟いたところ、黒目を広げてゴロゴロ言いつつ、自分の手を強く握っている私の手をペロペロ舐めて来る。


昨夜は眠れなかった。


二年くらい前の夏、食欲が落ちた際、苦労して無理やり獣医さんへ連れて行き(何たって元野良さんだから)、「夏バテでしょうか?!」と尋ねたら「夏バテですね。」とあっさり言われて帰って来たという出来事があった。

その後、もしもの場合に備えて買ったキャリーバッグがあったが、いかんせん、二年前より大きくなっているみたい。・・・。入るかな、白さん。

以前は獣医さん事情を知らなくてわざわざ遠方まで行ったけど、今回は同じ立川にしよう。

色々調べて問い合わせしたところ、とある病院が、何とまあ、親切で優しい対応をして下さった。

が・・・・・。午前中、白さんは帰って来なかった。何か察知しているんだろうなあ・・・。

しかし、しぶしぶ帰って来た。(笑)

午前中を逃すと次の診察時間は16時半以降のところだったので、結局のところ、インターバルで行けて、クライアントさんにご迷惑をかけずに済んだ。

移動中、バッグの中で「にゃおーん!」と時折声を発している白さんだったが、透明の蓋の上から「大丈夫だからね、大丈夫だからね。」と何度も何度も声をかけると、何度も何度も首を縦に振ってくれた。

診察台の上でも非常にお利口さんにしていてくれた。

5〜6人の親切な先生方がついて下さったが、ほとんど私に包み込ませてくれた。

「押さえ方、上手ですね。」と変な状況で誉められるけど、小児科みたいなものだよね、これ。

ただ、難関の患部に至っては、さすがに白ちゃんにカラーをつけて、先生たちに代わって貰った。

「怖いにゃーー!」

その様子を観ているだけで、涙がボロボロ出て来る。

ある程度のことが分かる子とは言え、おっかないだろうなー。

「ごめんなさい。ごめんなさい。気がついてあげられなくて本当にごめんなさい。」と心の中で呟いていたところ、先生が「うん、大丈夫。外側の鞘がささっていたんだね。でも、先っちょだけで、ほんのちょっとでしたよ。ほら、取れた。」と言う。

感心したのは、それを、私にだけじゃなくて白ちゃんにも見せてくれるところ。

5〜6人の先生が一斉に話しかけてくるのだけど、「まあ、本当に良い子だこと。」とか「5.8キロですよ。」とか、「かしこいですねー。」とか、その言葉がけの一つ一つが、どれも笑顔で、声音が暖かかった。

沢山のアドバイスもくれつつ「たいしたことないですよ。大丈夫ですよ。」と。

本当に優しい先生やスタッフばかりでビックリした。

処方されたお薬は、フランセチンパウダー。抗生剤入り。人間と一緒なのね。

帰りは自分からキャリーに入った白ちゃん。

でも、ずっと毛がモヒカンだった。

帰り着いた後、「ああ、これでしばらくうちに来てくれなくなるだろうなあ。」と思ったのだが、何と普通に餌を食べ、水を飲み、いつものように抱っこされに来てくれるので、また涙が出た。あんなに酷い目に合わせたのに許してくれるんだ。

それにしても、普段、先っちょしか爪切りしなかった私にとって、ついでに先生方がやってくれた爪切りは衝撃だった。案外バサーーっと思い切り切るのね。もう根元しかない。白ちゃん、しばらく苦労するね。

しばしの間は毎日消毒してパウダー塗って、これからは伸びる速度の違う爪の一本一本をチェックすることにしよう。

二年前、白ちゃんは「10歳前後だろう」と言われた。

今回は色んなな先生が「うん、10歳くらいだね。」と言うかと思えば「ん?!いや、こちらの爪見て。案外まだ5歳くらかもよ。」と意見が分かれたりとか。

「年齢不詳ですね。」と笑い声までもれていた。

重ね重ね、何が救われたか?って言うと、真剣だけれど、その優しく和やかな雰囲気だった。

受付の電話から治療に至るまで、その優しい対応で心配な心がどれだけ救われたことか。

あと、問診の際には近所の方々のところを自由に往き来している猫だということや、その他諸々特殊な事情を話す必要があったのだが、そのまんまに聴いてくれたところ。

今度からここで定期検診や予防接種をしようと思う・・・・のだが、ええ、もちろん白ちゃんと話し合った上で。

いつもと同じよう、隣でスヤスヤ眠る白ちゃんを見て、より一層嬉しく思う。

深夜までその寝顔を見つめていた。

時々目を開けて私を確認すると再びスヤスヤ眠りについていた。

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今日もありがとうございました。

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2011年11月16日

人生で猫に費やして来た時間(の一部)

自宅近くで、遠目に見て白ちゃんにそっくりな猫に出会った。

真っ白な猫でサイズもほとんど白ちゃんと同じくらいだったのでドキっとしたのだが、少し近づいて見ただけで「ぶはははは!」と笑ってしまった。

猫って一匹一匹本当に顔が違うのよね。

その子は何ていうか、その、物凄く両頬が盛り上がっていて実に面白い顔をしていた。

頬で押し上げられたかのように目が細くなっている。

するとどうしたことだろうか。

20メートルは離れていたのに道の向こうからその猫が物凄い勢いで走って来る。

その20メートルくらいってのは、私が見えるところまで近づいた距離で、こちらから近付いているときには何度も逃げようとしていたのに、私が笑った途端ダッシュして来るので「な、何?」とおののいた。

面白いのでどうなるなのか待ってみようと思ったのだが、その顔がもっと鮮明に見える距離になった10メートルほどの地点で「やべ!」と思った。

なんなんなーーんっ!と、もはや意味不明の声をあげ突進して来るかと思いきや、2メートルのところでピタっ!と止まり、背中の毛を全部モヒカンに立てて斜め歩き。

ええ、つまりは威格しているようだ。

「うー!にゃんにゃんにゃんなあー!」

そうか!

この猫、「人の顔見て笑ったなあ!きさま!」と怒っているのかも知れない。

よく道を歩いているだけで普通に猫に話しかけられたり、はたまた電車のホームで鳩が肩や頭にとまったりと、今まで非常に恥ずかしいやらビックリすることがあったが、遥々脅しに来る猫なんて、これまたビックリだ。

そこで、何てかしこいの!君は!と叫んだところ、先方がびくーーっとしてまた10メートル先へ。そりゃもう、一秒で向こうへ行った。

思わず屈みこみ掌を上に向けて「おいで、おいで。かしこい子!おいでー!」と猫撫で声をしつつ自ずと首を傾げてしまうのだが、向こうも同じくらい首を傾げている。

面白いのでさらにこちらも首を傾けてみたら、向こうもさらに傾ける。

段々近づいて来て、やがてその子のグルグルが聴こえて来る。いやー、近づいて見ると、ほんとに面白い顔しているな。

さらに傾けると、向こうも傾けて来るので、お互いこれ以上やるとエクソシストになってしまうので首を正したところ、向こうも真っすぐになる。

その時、頭上から咳払いがした。

私は途端に我にかえり、赤面した。人の気配を感じて、相手がどれくらい前からそこに居たか?ということを考えると怖くて上を見上げられない。

しかし、こうして世間体を気にする人間をよそに猫ちゃんの方は、マンションの窓からの咳払いを聴いた瞬間ビクっとして上を見上げる。

その時「たま!どこ行ってたの!早く帰って来なさい!」と言う声。

た、たま?!

私はその懐かしくて可愛い名前にまたしても道端で爆笑してしまった。

そして、窓がピシャリ!と閉まる音がして、ガンガンガンガン!と、おそらくは巨漢のおばさんが降りて来るような足音がしたので、一目散に駆け出して逃げた。

買い物に出たはずが、こうして猫を発見しては費やした時間30分以上。

ていたらくである。

こんなことは何度もある。

猫というのは、居るだけで何だか面白い。何かがおかしい。

一生懸命生きているし苦労もしているだろうに、何だか一匹一匹がユーモラスなのだ。ふざけているわけじゃないのに、何だかふざけているように見える。

その後、カウンセリングのために出勤したものの、クライアントさんがお帰りになる度に白ちゃんに絡んだり、訳もなく「可愛いね。なーんか、面白いね。さっきさあ、一瞬君に似ていると思った猫さんに会ってさあ・・・etc.」としつこく話しかけている。

じーーっとこちらの顔を観て聴いているときもあるが、やがてあきて寝てしまう白ちゃんにもまだ「いやあ、もう。相手にしてらんないんだね。君はかしこいねー。」と延々話しかけている。

今日は何が言いたかったのだろう。

要するに、この人生、全体的にていたらくである。

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2011年09月29日

自由と尊厳

事務所へ出勤した際、丁度白ちゃんがマンションの方向から曲がって道を歩いて行くところだった。

お、お出かけですか。楽しんでらっしゃい!と、その背中を見守っていたのだが、おもむろにに立ち止まりクルリ!と振り返る。大分離れていたというのに気配を感じ取ったのね。

「にゃっ!」と驚いたように駆け寄って来てはマンションの入口まで誘導する白猫さん。20110928angel.JPG

お出かけじゃなかったんですか?本当に大丈夫ですか?と笑いながら問いかけるのだけど、白猫さんはもう「さーさ、早くあがろう。行こ行こ♪」と階段を上がって行く。

私はよくクライアントさんがお帰りになった後、ソファーに寝転んだりするのだが、そんな時にも白ちゃんが先周りして「さーさ、早く腕枕しに来てにゃ!」とソファーの上からニャーニャー言っていたり手招きしていたりする。

感謝することはこの世に山ほどあるものの、私はこの白ちゃんが腕枕でくーくー寝ているときや、クライアントさんにおやつを貰ったりして可愛がられているときや、猫なのにご近所の人々と立ち話なんてしている様子を見ているときが一番幸せだ。

幼い頃から独身の頃までにも猫とよく暮らしていたのだけど、あの子たち同様、白ちゃんのことを一度も自分のものだと思ったことはない。

人の話を聴いていると多分その辺りの観念が昔から違うらしい。

友人宅にお邪魔した際、飼い猫さんが私に甘えて来てくれたとき、何と、その友人はその猫を殴った。「まったく!今まで離れていたくせに、人にばかり良い顔して!何か貰えると思っているんでしょ?」と怒ったのたのには驚いた。

人懐っこくて社交的なニャンコさんはいる。人間にも色んな人がいるように猫にも色々いる。。

でも、甘えるときには甘えるが、慣れた家族と家にいるときには、安心しきって自分の好きな高いところやフワフワなところ、陽だまりや、時にはちょっと薄暗いところなど、自分落ち着く場所を上手に見付けてマイペースでくつろいでいるのが猫なのじゃないかしら。

一つは全てを表す。

その友人は夫婦関係においても友人関係においても、何かと生身の人間や物や場所を独占したがる嫉妬深い人だった。

まあ、物や場所は少々仕方ないとして、人間でも我が子でも動物でも自分のモノだと思うその図々しさがあるから妬んだり嫉妬したりするし、怒りに満ちた人生を作っている。

時代が違えば「あの女は少々”りんき”が強い。」と言って、とことん避けられていたタイプだろう。いや、今でもそうか。

よく言えば情熱的と言うのかな。でも、私はこの嫉妬や所有化や支配が強い人を見るとドン引きする。

この手のタイプの人は、自分にも同じ程度の「所有したい!」という種の支配が向けられないと愛情を感じられないケースが多い。

だから、相手を尊重し合っている普通の付き合いだと「放っておかれている。」と感じたり、はたまた誰かと誰かが仲良くしていると胸がザワザワしたりイライラしたりすることもあるらしい。「私なんか要らないんでしょう?!」ととんちんかんな激情をぶつけては周りを「??????」とさせる。

下手すると自分を尊重されて大事にされていると「物足りない。」と感じてしまうかも知れない。要するに、終始他人に強い感情をぶつけられて、ちやほやされていなければ不機嫌になってしまう。

はたまたある時は、お魚の世話をする私に「魚なんて懐かないから面白くないでしょう?」と言ったこともあったが、私は色んな子が伸び伸びと心地よさそうにしている様子が好き。

少なくとも熱帯魚屋で個体数の多すぎる水槽で少ない餌を奪い合うよりはうちに来て貰って少しでも心地よく過ごして貰いたいと思う。本当は故郷の河が一番良いんだろうけどなあ。

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先日耳にした話だが、とある人のお宅のお庭に野良猫ちゃん一家がくつろいでいる。

その子たちの存在は前々からお聞きしていた。

きっとそこが安心して暮らせる場所なのだろう。

どこかで餌を取って来てはみんなで食べたり一家でお昼寝したりと幸せそうに過ごしているそうだ。

でも、昨今、些細なことでご近所の人が「お宅に猫が来ているよね。」とあまり良い感じのしない言葉がけが続いたとのこと。

まあ、猫が嫌いな人は沢山いるだろう。

はたまた自分の庭に部外者が侵入して走り回ったり、何か引っ繰り返されたりしていたら嫌な感じもするだろう。

でも、主だって、その猫さんご家族は、優しいsさん宅でくつろいでいる。

しかし、今にも保健所にでも連れて行ったり「駆除」という言葉を使われそうな勢いだと言う。

私を含めて人間とは勝手な生き物だなあと思う。

この地球という広大な土地をまずは誰かが私有化して、それをまた誰かが買って、すっかり自分だけのものだと思っている。

どこまでが自分のものと定められているかは知らない。地底何メートルまで、あるいは上空何メートルまでは自分のものって言う法でもありそうね。

でも、地底の場合は地球の核を突き抜けて、裏側まで行っちゃったらそこは外国なのだからその人のもんではないだろうなあ。

何が言いたいかというと、全部人間が決めたのよね。

猫だって住んでて良いんじゃないか?と感じるのよね。善悪は別として私からはそう見えるし感じるの。

少なくともsさんとこの敷地内はsさんが良いっつってんだから良いだろうよ。って言うか、おまえが人んち覗くなよという感じだわ。

猫は良いけど人間だったら不法侵入や覗きだわね。


悩んだsさんは、とある機関に電話をして相談したりして動いている。捕獲機を借りたり自費で手術をしてあげようかしら?とか、はたまた「うちにトイレを置いてあげようかしら?」と何かしたい、何かしたいと考えている。

猫が飼いたいというkさんの話を聴いて、ちょっと喜んだりしたのだが、それもまた軽率だったなと自分を戒める。里親が見つかればsさんの気が晴れるか?というとそうではないのだから。

だって、sさんは、自分の庭先で家族仲良くくつろいでくれる幸せな一家を見て穏やかに気持ちになったり、愛しいなーと思っていらっしゃると思うから。引き離すのもまた辛いわよね。

自然に親離れする日が来るまで、自然に元気に暮らしていて貰いたいのね。


こんな問題は、全国各地にあると思うが、私はあの団体やあの団体に関わろうとかは思わない。全てをどうにかしたいとは思わない。


でも、この話を聴いたとき、sさんや、sさんちに集う猫の家族のためには何か出来ることがあれば出来る限りのことをしたいと思った。是非したい。


そして、余談だけど、もしも私が生まれ変わって猫になったとしたら、sさんちの庭でくつろがせて貰いたい。

自由さと命の意味と優しさを知るそんな人の庭先に集う。願わくば、そんな猫たちの一匹になりたい。

そして、仲間と一緒にsさんに向けて歌うだろう。

Don't worry〜♪ Be happy〜♪

猫さんたちはそんなメッセージをも運んで来てくれたのかも知れない。



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2011年07月15日

リザーサーズ & 妥協の反対

幼い頃くり返しショックを受けた人たちの中には夢うつつで生きている人もいる。

意識の一部がまだ寝ているのだ。

幼い頃に受けたトラウマや、その子供時代にダイレクトに感じてしまうと”壊れそうに感じたから”自分で自分に麻酔をかけられるのだ。感じないように。

何度も何度も否定されたり尊厳を傷つけられていた場合、子供にもそういったことがあり得り、やはり大人になってその環境を抜け出た後も続いているケースが多い。

おーい、起きるんだ。それは親や世間の思い込みが、あなたにかけた催眠みたいなものだぞー。と声をかける人も居る。

その状態に慣れていると目覚めるチャンスがあっても無意識に良い方向へ向かうのを避けたりすることもある。

でも、自分で作って行ったものは自分で壊して行くことが出来る。

先日はパリからやって来た人の覚醒しかかった様子を観た。凄い、昨年より生きているじゃん。起きている。

ショック状態。

人はそれを癒し、色んな人々に手伝って貰いつつ、目を覚ます。

その中には親子代々の催眠なんてものもあるが、この時代、何百年も続いて来たカルマにさえ挑んで行くこの時代の人々は皆さんパイオニアなのだと思う。

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Aさんが自分の幸せを探している。

そしていい線言っている。

自分が一番して欲しいこと、こうして欲しいとかああして欲しいとか。

本心からの行動をするために試行錯誤している。

一見それは心理学からは外れているかのように見えて、実は大切なものなのだと思う。


己の欲するもとは何か?

それと向き合い闘って行ったとき、その人は”自分自身”を生きる。

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そして、本当に始めて自分の人生を生き始める。


それは喜びへと繋がる道だ。
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2011年06月14日

誠意と声かけ

一つ。

忘れらないことが、また一つ出来た。

そう今月のこと。

世田谷方面の訪問入浴の新営業所に行って、わずか三日ばかりお宅周りをしたときのこと。

とても凶暴なお婆ちゃんがいるとの噂を聴いていたし、カルテにもその関連事項が書かれていた。

利用者様本位の世界だが、少し病院に似ているところもある。

一日で多くのお宅を回らなければならないということと、ベッドから浴槽に向かって二人一組で抱えているときは、とある色んな技術とコツがある。

その間に顔をぼかぼか殴られたり、物凄く痛いつねられ方をされると大変危険なのだ。
殴られたりつねられることが危険なのではなくて、万が一痛みに耐えられなくて落としたら危険という意味。
だから彼らは全神経を集中させて歯を食いしばるようにして抱えている。

そればかりか浴槽に入ってからもあまり暴れられると、滑ってお湯の中にずっこけてしまう危険性もある。

もちろんそれでも力では勝つ。

お婆ちゃんは腰が痛い。そして、極度の認知症。

前情報だけ聴いていると困ったなあと感じてそれっきりなのだけど。

逢うことにまさる情報はないというのが、常。

お宅には日本のクラシックがかかっていた。

私とお婆ちゃんは体温計や血圧などバイタルをとったあと、一緒に音楽を聴いていた。

そして、認知症があるから多少話が食い違うことはあるものの、一緒に楽しく談話した。

そうするとニコニコ顔で浴槽まで運ばれて来てくれた。

それは長いことこのお婆ちゃんが居るホームグランドで働くスタッフにとっては衝撃的なことだったらしい。

でも、説明すると快く洗わせてくれる上に、ありがとうと仰って下さった。

その後、持病の腰痛に意識が向いた後は、また再び暴力をふるう方に戻ってしまったのだけ、「さっきの静けさは何だろう???いつもを全然違う。・・・・分かったよ、俺。声かけだ!何が必要かって、やっぱり声かけなんだ。
俺、何だか涙が出て来そうになった。」と。

例のエヴァンゲリオンのキャラをゲットして喜んでいた子の方だった。


それからしばらくして、二回目にそのお婆ちゃんのお宅に訪問する機会があった。

今度もやはり、最後の方で暴れ出したけれど、先日よりもさらに穏やかに入浴されていた。

お婆ちゃんは”荒城の月”をハミングしていた。

介護者さんというのは苦労人で、神経質であっても不思議じゃない。

でも、その息子さんが「いや、今日はこの間より良かった。今までで一番気持ち良さそうにしてくれた。」と言って下さった。

とあるスタッフの男の子は「気持ち良いですか?気持ち良いと言って欲しいです。」と言い、またある人は、舌たらずの私が「浴槽を運んで来たんですよ。」とお婆ちゃんに伝えると、

「僕たち、Aさんにお風呂入って貰いたくて、ここに運んで来たんです。だからもしも喜んでくれたら嬉しいです。」と付け加えていた。

当初「俺がガチガチに抑えつけるからその間に脱がせて下さい。」なんてアドバイスをしていた青年も、ついには「ありがとうございますね、Aさん。お風呂に入って下さってありがとうございますね。」と言っていた。


苦労人ほど認知症の症状が重篤だったりする。

でも、皆、最後まで人間なの。

皆もそうだし、お婆ちゃんもそう。

今までのうっ憤をお風呂と共に全てデトックスしてね。

あなたに会えてよかった。

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2011年06月12日

福袋的 / さや侍

午後2件目のお客様が来る前に白ちゃんがそソワソし出した。

そればかりかしきりに何か喋っている。

おしっこかな?と思ってドアを開けてあげると「にゃう!(違う!)」と怒られた。そうじゃない!と言っている。うーん、確かにそういうソワソワとは少し違うようだ。

やがて謎が解けた。

花瓶の水を換えている最中にY子さんのお姉さんのMさんがお越しになったから。

もう既に知っていたかのように大歓迎の白ちゃんなのだが、20分くらい前から分かっていたと言うことか。

そればかりかMさんのさげている袋に嬉しそうにすりすりしている。

先日、食欲が落ちていた白ちゃんのことを知ったMさんは、愛猫さんが他界して以来、初めてペットショップへ行って下さったらしい。

大丈夫だったのかしら?辛かったんじゃないかしら?

「久しぶりに行けて嬉しかったんですよ。」と白ちゃんへのおみやげを下さる。「白ちゃんのために選ぶのが嬉しくて嬉しくて。平気でした。」

先日の心配をよそにすっかり食欲が戻っていた白ちゃんだったが、Mさんからのおみやげをテーブルに広げると、すりすりすりすりするばかりか、ペロペロ袋を舐め出した。

外装からでは何も匂いがしないはずなのよ。

でも、こんなことは初めてだ。その袋にカプッと軽く噛みついたりもしている。

そんな仕草をしては交互にMさんを見つめ「ありがとにゃー、ありがとにゃー。」と言っている。

要するに全部分かっているらしい。

嗅覚というレベルではなくて、Mさんがこの事務所へ近付くごとにそのお気持ちや、何をどんな気持ちで選んで来て下さったか?ということが。

最近はこのおやつに食いつきが良かった。CIAO 焼かつお 高齢猫用 SC-43 / いなばペットフード(株)手からじかに貰うのが一番嬉しいらしく、このパッケージを見るだけで喜んでいた。

でも、今回Mさんが探して来て下さったのは、ご自身の愛猫さんがご病気になって食べなくなったときに探し当てたというプチサイズのおやつだった。
美食メニュープチカップしらす入り BP-8F 22g×8 / アイリスオーヤマ

これには驚いた。

袋の上から既にカプカプと軽く噛む真似をしていたのだけど、開けてあげたら物凄い勢いで食べだしたから。

食欲は戻っていたものの、この食いつきは久しぶりに観たので凄く嬉しくて涙が出そうだった。

でも、Mさんの方が私より喜んでいてくれた。

それをきっかけに、いつもの場所に置いてあるいつものキャットフードも食べてくれた。


感動のあまり茫然自失していると、今度は私に大きな袋をくれるので「え?!私にまであるんですか?」と驚いたのだが、中身は欲しかったラメ入りレギンスとPrincess Choo Chooという白猫キャラのグッズが沢山。

・・・・・・・。何で、分かったの?レギンスや靴下買おうとしていたところなのよ。しかも今日にでも。
妹さんはレイキヒーラーだけど、お姉さんにはまだレイキセッションすらやっていない時点で。Y子さんからの伝搬か?それとも既に回路が通じているのか?

このキャラを見かけたとき、何だか凄く白ちゃんに見えて仕方がなかったのよね。何で欲しがっていたって分かったんだろう?

で、笑えるのは、そのPrincess Choo Chooのバインダーやメモ帳や名刺入れにまで白ちゃんが嬉しそうーーにすりすり&舐め舐めしていることだった。

そうなのよ。これ、あなたによく似ているでしょ?白ちゃんもこのキャラ好き?★ノート・手帳・紙類★Choo Choo handy note - princess★韓国デザ...

せっかくカウンセリングにお越し下さったというのに、そのサプライズについて感謝を伝える時間、多すぎて反省。

先日などは、獣医さんであるクライアントさんが白ちゃんのことを尋ねて下さったので、こちらが色々喋ってしまったという超ダメカウンセラーなのだった。申し訳ない。

でも、愛がとっても嬉しかった。

白ちゃんはそれをすりすり&にゃーにゃーと伝えているが、私は人間なので言語で伝えているのだが。

白ちゃんほどに伝わらない気がしてもどかしい。

でも、きちんと食べて安心して、ゴロゴロ言いつつ気持ち良さそうーーーに昼寝している姿を見ていると、ほんとにますます感謝でいっぱいになって来る。

*************************

今日のカウンセリングは18時で終了。

そして夫と映画を観に行く約束をしていた。

”さや侍”の封切だったから。

なかなか面白かった。

物凄く荒削りだけど物凄く考えられている。

物凄くキラキラしている部分が多いだけに物凄く残念な気もする作品だなと私は感じた。

そこは、はしょっちゃいけないよ!とか、それじゃあ伝わらないよ!と余計なことを想うものの、だが、しかし。

ラストのシーンの歌で”ただそれだけ♪”というフレーズを聴いて、癒される。

そうだなあ。不器用なのだけど、ただそれだけ。たった一つのことを伝え遺す。

それも良いじゃない。

でもなあ。とやはり思う。

あなたのために、尽くされた気持ちの数々はどうなるのよ?とも。

はたまた手を合わせている若君に内心「手ぇー合わせてる場合じゃねーだろ。おまえが笑わねーからだよ!」とケチをつけていたり。

とは言うものの、人の気持ちのために生きるばかりが人生じゃないからな。

彼は、いつも人の指示通りに「はいはい。」言って、確かに努力していたが、ただ一つ、最後に自分で決めたことをやったのだ。グランディング&アルケミー

*****************

沈黙していた夫が帰りの車の中で「俺は好きくないね。」と言う。

うんうん、言いたいことは分かるわ。私もあまり好みの結末ではなかった。


ずっと以前、大工さんをやっているクライアントさんが”古武士霊は語る”という本をプレゼントして下さったことを思い出す。

丁度そのエピソードの舞台となった時代、天保10年から8年後、米国で有名なハイズビル事件が起こっている。

突然交霊の話になってしまったが、霊と話すということは今でも人知れずあって、その中でたまたま古き日本の武士道の時代に霊に出くわすと、如何にその武士道という固定観念がスピリチュアル的な成長を邪魔しているか?ということがあきらかになる。

とは言うものの、私はその馬鹿らしくも潔い武士の話にはどれも魅かれる。

ああ、あと、固定観念が霊的成長をさまたげるという点でなら、現代の思想も変わりないか。

先日、都内へと向かう電車の中で、また出くわした。

私はよくドアのところに立って本を読んでいることが多いのだが、凄いスピードで走っている電車のそのドアの窓にベタ!と貼りついて現れるので、私はため息ついて背を向けてまた本のページをめくる。

あんたとは生きていても死んでいても喋らないんだわさ。そういう死に方する人嫌いなの。

あんまりしつこいとシンボル切ってぶっ飛ばす。


さや侍に戻る。

刀を持たない現代の侍も良い。

でも、せっかく刀を持たす人を傷つけないスタンス取ったなら、自分のことも傷つけちゃダメだわさ。

でもね。それは役柄の話で。

あの主人公抜擢は素晴らしい。

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2011年03月16日

でも、祈っちゃうけどね

昨日だったか一昨日だったか。

「私のブログを観て下さい!」というメールが来た。

知らない人だった。

私はメールアドレスを公開していないのでどなたかクライアントさんが教えてしまったのかも知れない。

それでうかつにもそのURLをクリックしてしまった。

よく見かけるタイプの方で「被災地に皆でエンジェルヒーリングを送りましょう!」と書かれてあった。知り合いにも同種のメールが送られて来たそうだ。

でも、その今から2〜3日前のメールで「こんなカードをめくりました。」というブログを読まされ、「このカードによると天使が大丈夫だと言っているようです!」というような文章を目にしてしまった。

大丈夫って、あなた・・・。

もっと違和感を感じたのは「今すぐテレビを消して、罪悪感を捨てましょう。そして自分の人生を楽しみましょう。」と、繰り返し、繰り返し書かれてあったこと。

え?楽しみましょう?え?罪悪感?

ああ、なるほど、確かに何かトラウマがあったりすると罪悪感とか同情とか共感がごっちゃになっているメイサイヤコンプレックスな人が出来上がることもある。

でも、ほんとのところ、罪悪感で皆観ているわけじゃないのよね。罪悪感と、人を想う気持ちって全く別物なのよ。心理学やらなくてもきっと多くの人が知っている。

そして、そこら辺がごちゃごちゃになっている人は自分をも救えない。

他にも「うちのスクールでは癒しのエネルギーを送るために瞑想会を開いたんですよ。今度来ませんか?っていうか、かおるさんところではそういうのやらないの?」というメールも来た。

ポジティブに行きましょうってことらしいのだけど、文面が強制的なんだよね。

でも、もしも自分を見つめるという観点で普段からワークをやっていたら、その他人様にあると思い込んでいる罪悪感が、実は自分自身の感情だと気付くことが出来ただろうに。


ヒーリングやオーラソーマの世界では、確かに恐怖という感情を危険視する。

不要な恐ればかりを抱いていると、そのイメージが現実になってしまうので幸せなことだけを考えましょうってな説で、まあ、それも一理ある。

そりゃ、自分を除く世界中の人々が組織になっちゃって自分を攻撃しているだとか、壁からライオンが飛び出してくるかも知れないってな恐怖だったら、そりゃ持たない方が良いし、持った時点で病院へ行って欲しい。

もしくは壁からライオンは出ないだろってことと、そんなに組織組むほど皆はあなたを気にしていないし、そんなメリットはない、もし攻撃されるのだとしたら自分も何かはぶられるほど嫌な思いを周囲にさせてないか?ってなことを普通に受け入れられれば病院にかかる必要もなし。

そんな例とはうって変って、今この状況で普通に悲しいとか怖いと思うことを感じることに無理やり制限をかける必要はないだろうな。だって普通に大事だよ。

これ書いている間にも「皆に呼びかけましょうよ。」ってのがもう一通来た。

その前は瞑想のやり方を書いたから皆でやりましょう!ってのも来た。


でも、実のところ、うちでレイキヒーラーになった人たちの大半の人は、皆、各自誰に公言する必要もなくとっくに自立して遠隔送っているのよね。やれって言われてやる人たちじゃないの。自分でやろうと思って、普通に祈れる人たちなんだよね。

しいて言えば、何かのついでにそんな話題になったとき、「一生懸命送ったんです。それが関係ないにしても、S子さん、ご無事で良かった。。。」とかポロリと出る。やってただろうなあとは思ったけど、申し合わせたわけじゃないけど、各自とっくにやっている。

依存的じゃないし、ああしろこうしろ言う必要もなし。

もちろんレイキを使うばかりじゃなく現実的にも色々動いている。そしてやはり普通に共感し普通に心を痛めている。

間違ってもブログに「三万円寄付しました。」と書いて威張っているような人たちじゃないのよね。

募金も黙ってやっている。

遠隔はセカンドからのワークだけど、方法を教わっていないファーストまでの人だって無理やり飛ばしてしまっているくらい積極的。

だから「祈りましょう!」とか言うのを読むと、もう皆とっくに祈っとるわいって思うのよね。

**********************

海外で活躍している某野球選手。

そりゃもちろん凄い実力を持っているからこそそこに居るのだけど、ついこの間まであどけない子供のような顔をしていた。

が、今回のインタビューに応じているとき彼は言った。

「スポーツは人を元気にすると思ってやって来ました。でも、今のこの状況では、そんなことはうかつには言えないです。」と涙目だった。

そうだよねえ。それだよ、それ。

エネルギーワークは大切だけど、あの惨状の中、場合によっては女神だの天使だの言っちゃいかん場合、ましてや人に強制しちゃいかん場合もあると思うんだよね。しかも「私が救う」的なノリは論外。

ほんとのところ、共感というものには、TPOが含まれている。

***********************

まあ、現地に送られる天使や女神さんのエネルギーもよいんだけど。

でも、本当の神ってのは、あの被災地で自費でラーメンをただで作ったりしている自らの家も流されたラーメン屋の御亭主だったり、はたまた原子力発電所に残って仕事をしている50名(後に70名)の方々かも知れない。

あるいは、「僕ら中学生にも何か出来ることがあると思って!」と周囲を励ましていた子供たちが天使とも言えるかも知れない。

********************

今日は電話でお話聴いているうちにもどかしくなってレスピレーターを装着している方のところへ行った。

そうしているところへ朗報。

まさか携帯メールで来るとは思わなかった。またお一人、生存確認。

やっぱ、出来ることやっていると事は流れるな。

********************

今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。
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2011年03月15日

馬鹿な

お知らせ。

3月16日11時からに予定していたファーストDを中止&延期にします。

同日、カウンセリングをお申し込みの方々は予定通りお越し下さいね。お待ちしております。

って、書いてみて思ったのですが、この時期だからこそ特に思いますわ。

交通機関を使わないでお越しになれる距離にいらっしゃるって、凄い。

ちなみに開いている本人も電車か車でないと来れないです。

*******************

計画停電なるニュースを知ったのはめいいっぱいカウンセリングして帰って来た日の夜だった。

それから色んな方々からの電話が相次いだ。

普通に不安を抱える方々と、それに加えて、クライアントさんでご家族を自宅介護なさっている方々も多いからだった。

第一ブロックだとか第二ブロックだとか、あんなふうにバッサバサと区切って情報を流してくれるけど、自宅で痰を吸引する器械を使っていたり、人工呼吸器を使っている方々というのは、ものすごーーく多く点在しているのだ。

例えば”12時から17時までのどこかで3時間停電します”ってな情報だと物凄く困る。

その3時間が連続しての3時間なのか、それとも5時間のうちの合計時間が3時間になるのか。

介護しているご家族としては「もし時間がきちんと分かるなら、その停電の寸前に極力痰を引き切ってから迎えたい。それでも持つだろうか?持たないかも知れない。詰まるかも知れない。でも、今夜これからでは対応出来る施設や病院にも入れない。」とか。

こんなこと言ってられないのだろうけど、仮に痰を吸引出来る施設へ預けられたとしてもただじゃないっすよね。

はたまた人工呼吸器をつけている人ならば「この人のために3時間ずーーっと手動でアンビューを使うか?でも、その瞬間がいつからなのか分からないので固唾を飲んで待っているしかないのか?」とか。

私たちみたいな健康な人間でも急な知らせに凄くストレスがかかるというのに、ご本人とご家族の心労は計り知れない。

「電動ベッドをギャッチアップするのも考えちゃう。だって角度をあげたときに停電になっちゃったら3時間も下げられないんですよ。」

その他諸々色んな細部に渡る相談、でも、その細部のことが一命に関わる大きな大きなこと。

多分無いとは思うけれど、そう言った介護が必要な方々が居るお宅だけは選択的に電気を通す考えなのか?それとも自家発電?そんなもの全員の家にあるわけない。いずれにしても、第一ブロックが何時から・・・というあの発表の仕方じゃ多分考えてないんだろうな。

あの唐突で緊急で曖昧な発表のために、多くの患者さんや介護者さんが戦々恐々とした一夜&一日だったわけだ。お話を聴き続けるだけでもげっそりしたほどだから当人や関係者の方々はその十倍くらいはげっそりしただろう。

しかも人工呼吸器つけている人や痰の吸引が必要な人たちの多くが意識がある人々なんだよね。そんなこと聴いたら凄く怖かっただろうと思うよ。

じゃあ、アンビューをそれらの各家庭に配るか?って言ったら、アンビュー自体も足らないよ。病院ですらそんな10個も20個も無いんだから。


で、蓋を開けて見れば、急な停電の知らせを聴いたものの、健康な人々ですら自分が所属する企業からの指示もなくて困惑&ストレス。ってか、トップの人たちも急にそんなこと言われたらどうして良いか分かんないものね。

じゃあ、何とか出勤せねば!と思って駅まで行ってみれば丸ごと閉まっているという状態。「まさか!?とは思ったんですけど!」とY駅から泣きながら電話して来たクライアントさんも居た。一回の外出に勇気が居る人々も居るんだよね。もちろん普通に勤めている人だって少なからずダメージ受けるんだから。

多くの人々が右往左往したというだけでも大変な迷惑とロスなのだけど、多くの企業では上司も出勤できていないので駅ビルが何個も緊急閉店したり、車掌さんが来れなかったので電車が走れないとか。

極めつけは、病院にドクターが出勤出来なかったらしい。重軽傷問わずに、一生懸命やって来た患者さんたちを帰すことになったとか。

特にそのドクターが出勤出来ないって話が一番酷いな!と感じた。ドクターが酷いんじゃないよ。そんなことが予測できなかったのか?というこの急な決定自体が酷い。

一人一人お聴きする度に「そりゃそうなりますよね。」と答えていたのだけど、夜から早朝にかけてそんなお話をしているうちにも「停電が中止になったんですって!」と言う情報が流れたり、昨夜は停電しないと言っていた地域が停電になったとか、ころころっと状況が変わる。これも酷かった。

”頑張って行って来たけど病院へ先生が来ていないので帰って来た。”という気の毒な人のお話を聴いた暁には、正直、この急な決定を下した人は、まーーったく、どんだけお馬鹿なんだと感じた。

やるんだったら自宅で介護されている人、している人、そして病院などの医療機関への対応なども同時に発表して欲しい。もしくはその方々と連携して連絡が済んだ後に発表して欲しいよ。

そりゃあ現地で尋常でない辛い思いをしている方々が沢山いる。悲しいことになってしまった方々も居る。

でも、だからって今一生懸命生きている人の寿命を縮めたり弱らせたりしなくても良いんじゃないかしら。

うーん、で、節電節電と言われて一生懸命自粛している皆さんって、実は普段から節電に心を配っている主婦だったりもするのよね。無駄に使っている人なんておらんわ。

************************

今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。

それでも。

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2011年03月14日

緊張

今日、また二人、該当地域の友人がご無事だということで連絡がついた。

あの日からぐわーーっと緊張している神経と身体がお一人お一人と連絡が付く度に緩んで行く。

でも、何だか疲れたなー。

現地で過ごしている人の比ではないのだけど、やっぱりどうにか早く皆安全な状況に辿りつけないものか。

今日から計画停電だというニュースを聴いて、皆さん明日の仕事の業務のことを危惧する人も居ると思う。私もどうなるのかな?と思う。

*****************

そんな折、次女くんが「美味しいワイン飲まない?」と言って来る。「これ、美味しいワインなんだよ。」

でも、その目が潤んでいる。

多分この子もニュースを観ていたのだろう。

少女が「お母さーーん!」と泣きながら探している様子も映っていた。

無事に再会出来た家族の方々やペットとの号泣しながらの抱擁。

あちらは寒いだろうなあ。

美味しいワインだね と泣き腫らした眼で言うと「うん。」と細い肩を寄せて来てくれた。

*****************

私的な連絡なのですが、傾聴トレーニングの会でS子さんと出会った方々へ。

S子さんもご家族も無事です!

*****************

今日もありがとうございました。

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2011年03月13日

待機な日

家族で普通に再開出来ることをこんなにありがたく感じたことはない。

普段はあまり観ないTVを固唾を飲んで見つめていた。早く皆さんが救助されると良いなと思う。

この近辺ではそんなに大きな被害を被った友人家族は居ないのだけど、この辺りでさえあんなに大きな揺れだった。

迎えに来た夫の車で走っていると道路はすいているものの、薬局やスーパーは人混みで溢れていた。やはり皆さんもしものことを考えて物資を確保しようとしているのかも知れない。水やカイロなどの売り切れ表示が目立っていた。

地震が起こった時、お義母さんは一人ぼっちで家に居たがテーブルの下に潜っていたらしく、仕事をしていたお爺ちゃんは友人宅に泊まって一夜を明かしたとのこと。いずれも怪我がなくて良かった。

訪問入浴の子たちの一部はセンター長の自宅に泊まるというようなことを耳にした。

この近辺でもまだ自宅に帰りついていない人も沢山いるだろうなと思う。

私は比較的大丈夫な場所に居たというのに沢山のメールをいただいた。私や家族のことを心配なさって下さる方もいれば、またニュースになっている該当地域にお住まいの方々からの「無事だよ。」という知らせも沢山目にしてほっとすることも多々あった。

こんなことならば溜め込んでいるオーダーメイドのアクセサリーを早く作って早く送ってしまっておくんだった!なんて、大自然の前では微力に違いないだろうことを考える。

該当地域ではないものの、宅急便を出そうとするとやはり「大幅に遅れます。」と言うことだった。

それならば余計に早く出しておこう。

********************

都内で仕事をしていた次女くんは、慌ててお父さんに電話をして「迎えに来て!」と言ったらしいが、あまりに激しい渋滞のため渋谷までは迎えに行けず、それでも途中のとある大きな交差点で落ち合って拾うことが出来たという話を聴いて思わず久しぶりに笑ってしまった。

何故ならば、またしても物凄く喧嘩して険悪な雰囲気だったから。見ているこちらとしてはもうだめかと思ったくらいで。

が、何やかんや言っても一番頼りになるのはお父さんなのだろう。深夜の交差点で車に乗るなり「おなかが減った!」と叫んだそうだ。

それで夫がラーメン屋さんに連れて行ってやったところ「替え玉まで食べてたよ。」とのことで、また笑わせてくれた。

しかも、「ここ、美味しいからたーちゃんも連れて来てやって。」と自分の彼氏のことまで要望を出し、さらに今朝も「送って行って。」とのことだったらしい。

何やかんや言ってお父さんってところが嬉しい。チェーンオブフラワー

長女くんの方も「まあ、お母さんは絶対大丈夫だと思ったよ。それにその時お母さんと一緒に過ごしてた周辺の人も大丈夫だろうなーって思った。」

・・・・・・・・・・・・。← 少しは心配しても良いのよ という気持ち。

「え?何か違ってた?」と言われると、ますます黙ってしまうのだが、実は私も胸のどこかで家族に関しては絶対大丈夫だと感じてたふしあり.


それはともかくまだまだ油断出来ない。

じゃあ、何するか?というと、やはりニュースに耳を傾けもするのだが、日々出来ることをやって踏ん張らなければならないな。基本はいつもと同じ。

******************

今日もありがとうございました。

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2011年03月12日

とある長い一日

たまにしか行けない訪問入浴ナースの日。でも、始めたのが昨年の5月だから、結構親しんで来た。

そして、先日名札が支給された。

入ってもそんなに長く続かないせいなのかアルバイトナースさんや派遣ナースさんには名札がない。

カウンセリングの方で忙しくなってオペ室からは手を引いたけど、出来ればこちらは長く続けられたら良いなあと思っていたので、名札一枚がとても嬉しくなってしまう。

そして、早朝出発した車の窓から見事に晴れ渡りクリアに見える富士山を見た。

雪化粧されてとても大きく美しく見えたものの、何だかこの日に限ってぞっとした。綺麗なんだけど、何故だかふいに「何で今日に限って訪問入浴の日?」と言う言葉が頭に浮かんだ。

それはさておき、こちらの世界も病院同様、あるいはそれ以上に時間に追われる。

人間相手だから一日回れば色んなハプニングがあるが、如何にお約束の時間に到着してお約束通りの入浴や処置をやり遂げるか?の勝負。それがこの日は8件の予定。
8件でもきついのだけど9件や10件の日もある。

午前中は無事に終わり、午後の二件目のお宅にお邪魔しているときのこと。

寝床に府している100歳を越えるお婆ちゃんの血圧を測っていたら、突然ゆらゆらと家が揺れ始めた。

まるで遊園地の乗り物のように大きく揺れ始めてある瞬間からその揺れにスピードがついた。

地震だ。それも大きい。そして凄く嫌な揺れ方。

咄嗟に両腕をついて四つん這いになりお婆ちゃんが寝ている上に覆いかぶさった。特に頭をカバーしたのはすぐ近くにある仏壇がお婆ちゃんの上に倒れて来そうだったから。

立派なお宅だけど旧家なので倒壊してしまうんじゃないか?と思った。

おまけに昔ながらの家具で上に沢山の荷物が積んである。

色んなことを考えた。

仏壇が倒れて来てもよし。この腕は折れないだろう。

電気が落ちて来てもよし。背中に刺さってもこの腕は折れないだろう。

天井はどうだ?

ここは二階だから、もしかしたら持ちこたえるかも知れない。

それでも駄目そうで、この揺れがあと一分激しいままだったらおんぶしてあの狭い階段を何とか降りて行こう。

隣の隣の部屋で床にグランドシートをしいたり入浴の準備をしていたヘルパーさんが駆けつけて「うわー!気持ち悪い!吐きそう!目眩かと思った。大丈夫ですか?」と背後から声をかけてくれたので「大丈夫。この通り。」と答えて四つん這いカバーのままでいた。

娘さんと言っても私たちよりずっと年上の家人の方は何とかストーブを消したものの、同じく地震が苦手ならしく「きゃー!どうしよう!」と白衣の裾にしがみついていらっしゃった。

お婆ちゃんの上に何か落ちて来ても私がこうしているから、家の外に出ていて下さい!と言ったのだけど白衣の端っこを掴んで一緒にいる方が安心なのか一緒にそこにいらっしゃった。

やがて治まった。

背中に落ちて来たのは幸いにも柔らかいものばかりだった。

全員怪我はなし。

また血圧などを計り直したのだけど、この100歳を越える先輩は「ありがとう。もうここは大丈夫だよ。」とニコニコ笑っているのでびっくりした。

でも、もっとビックリしたのは、階下から聞こえて来たオペレーターの青年の声だった。

いつも、家の中で配線やら配管などの準備がある程度進んでから、車から運んで来て家の前に置いてある浴槽を運び入れるのだけど。

彼らが家の中に向かって「浴槽、入ります!」と言えば、聞き付けたヘルパーさんがお返事をして駆け付け、物損がないように浴槽を運び入れることになっている。

ええ、そりゃあ、いつもだいたいその流れで行くことになっているのだけど。

しかしながら、改めて言わせて貰うと、彼は揺れが止まるのと同時に、まったくいつものトーンで「浴槽入ります!」と言ったのだ。若干23歳。色んな雑談して来たが、確かそうだったと思う。うちの次女くんと同じ歳だ。

え?!まじで?!とビックリした。

おうちの人が付けたTVでは各地の被害や予想される災害のニュースがやっている。

この方々を助けたら、後は自分の家族の安否を確認したり。。。。。。と色んなことが頭を駆け巡る。

しかし、揺れは止まっている。

そして、よくよく考えてみれば三人プラスご家族お一人。いつでもお婆ちゃんを運び出せる。

私は「な、何ー?」と思っていたものの、その声を聞いたお婆ちゃんと娘さんは「良かった!入れて貰えるんですね?!」と凄く喜んでくれている。

実は今日初めて訪問入浴を体験するご家族であり、それまでは女性一人の手では中々お風呂に入れられるお身体ではなく、今日のお風呂が半年ぶりだというお方だった。

「浴槽入ります!」という冷静でいつもと変わりない声に「それってどうよ?!」と思っていた私だったが、段々冷静になって来た。もちろん、これ以上揺れが続いていたら論外だけど。

とうとう他の方々と同じように、いつものように適度な湯温で抱え入湯。

入った瞬間、「まあ、何て気持ち良い!」と叫ぶように仰って下さった。

そして全身綺麗にして温まって貰った後、これまた久々らしい爪切りをさせて貰った。検温や血圧にも問題なし。

途中でお孫さんだかひ孫さんらしき家人の方々から電話が入っていたみたいだけど、娘さんが「ええ、大丈夫。それに今お風呂に入れてくれているのよ。もう一生は入れないかも知れないって言っていたお風呂に!皆、ほんとに良い人過ぎる。」などとお話しておられる。いや、私はお風呂どころじゃないと思ってお婆ちゃん抱えて逃げようと思っていたんですけどね。。。。

無事に終わったものの、それがまだトータル6件目のお宅だった。

道路が異常に混み出した。

車に戻ってすぐに家族を始め色んな人に電話やメールをしたけれど、どこも繋がらない。時々あちらからは送られて来るのだけど、こちらからは送れない。

それでも奇跡的に普通にやり取り出来た人が二名だけいる。不思議だよ、あれ。何となく、今回、auが一番強かった気がするのは気のせいか?

そして次のお宅にとりあえず向った理由の一つは、奥さんが出かけている場合、一人で寝た切りで過ごして居る高齢の男性だったから。

エレベーターは使えない。もちろんさっきの地震でストップしている。電車も止まっているのであちらこちらで踏み切りフリーで赤ランプがついている世界。

これが何とまあ。。。八階だったのだ。

もし何事もなくいつものようにご希望なさったら、お風呂に入れて差し上げるのだと言うことで、史上最高の頑張りで八階まで機材持って上がった。

先に身体だけで上がって確認だけでも?と思ったのだけど、実は二回往復する自信がなかった。しかも、あと二件残っているし。

到着してみると、丁度奥さんが帰り着いたところで、同じく8階まで徒歩で登りハアハア仰っていたのだけど、入浴チームが来たことに驚いていらっしゃる様子。

でも、ご本人様のバイタルを測ると退院なさって来たばかりだし微熱もあった。それに先ほど一人ぼっちで体験した地震のせいで非常にストレスがかかっていたので中止。

再び8階から器材を持って降りたのだが、下りも案外きつかったなー。

そして、降りて来たところへセンター長さんが自転車で駆けてつけていらっしゃった。営業所からこの場所まで自転車でって・・・結構遠かったと思う。

電話が通じないのであちらこちら駆け回ったり、時間から逆算するとこのマンションに私たちが居ると予想しての安否確認だった。

「大丈夫だったか?もう良いぞ。」というニュアンスだったのだ。そりゃあ、そうだな。

が、先ほどから冷静なこのオペさん、「いちおう次のAさんのお宅に鬼電かけまくって入りたいかどうかを確認してみます!」と言う。

しかも、彼の電話は何故だか一発でAさん宅へ繋がった。

そして、電話に出られたお父さんによると、ご本人もご家族も入りたいと仰っているとのこと。

ここでも「入るんかいっ?!」と驚いたのだけど、実はこれも無理もないんだな。

全身が動かない状態で何年も闘病なさっていて、週一回のこの日を楽しみにしていらっしゃるのだから。

この方の入浴は病状が病状であると言うことと、ご本人様の細かいご要望もあり、相当長い手順を踏んで行われる。

旦那様の手厚い介護やその他のご家族の方や訪看さんが入れ替わり立ち替わりケアしていらっしゃるので、ある意味安否の気遣いは少ない。でも、入りたいと仰っている。「もしも来てくれるなら何時になっても構わないから入れてくれ。」と。

道が混んでいて、いつもなら10分くらいの距離のところを一時間ほどかけて行った。

その途中で家族皆が無事らしいということを色んな方法で確認出来た。あとはこれが終わったら事務所へ走って、早く白ちゃんに会いたい。

ここまで来るともう開き直って来た。最後まで仕事をしよう。

地震が怖くてビックリした独居の方も入れば、いつ亡くなっても不思議はない病状の方々にしてみれば、いつも地震同様に恐ろしいものと向き合っておられるのでたいしたことはないのだと仰る方もいた。

色んなことを考えたけどそれを聞くと深く頷いてしまう。全うしようと思ってしまう。

途中、他の営業所の入浴車とすれ違った。そちらの皆さんも一緒に同乗したことがある皆さんだったのだけど、渋滞のせいでゆっくりすれ違うところ、一本道を挟んだ状態で皆で手を振り合った。

すげーな。やっぱ皆仕事するんだ。

窓から顔を出してにっこにこして大手を振っているのを見ていると「あれ、ありですか?」と言いつつ、似たような状況で利用者様のところへ走っているってそれだけで理解できるものがあるような気がして応援したくなるし、頑張ろうと思う。

救急車や消防車のサイレンの中、全国の入浴車も安否確認を含めた入浴のために走っていたのだろうなと思う。もちろん私たちが知らない様々な業種の方々も。

最後のお宅は四階だった。まあ、さっきの半分だから・・・・いえ、でもきついっす。


全てが終わって渋滞の中、営業所に戻ったのは8時半頃だったか。はたまた9時頃だったのか。


交通機関がストップしている状況の中職員の一人一人を送ろうしているセンター長さんが自宅まで乗せて行くと仰って下さったのだけど、家族が無事だと分かったからには白ちゃんに会いたい。いや、そうでなくとも会いたい。こんなに近くに居るのだもの。

白ちゃん。白ちゃん、白ちゃん。

夜道をお腹ペコペコで走っていると街は人で溢れて帰れない人ばかりだった。コンビニの商品は空っぽだった。

そして、長女くん、次女くん、夫とちょいちょい電話が繋がるようになり、事務所に泊まることを告げた。

お婆ちゃんもお爺ちゃんも怪我しなくて良かった。


夜の9時過ぎ。いや、もっと遅かったかも知れない。

白ちゃんは駆け寄って来た。ジャンプするように胸に飛び込んで来たので潰れないように気をつけながらも抱きしめた。

白ちゃん、白ちゃん、白ちゃん。


不思議なことに、あんなに激しい揺れだったのにこのマンションは凄く静かで。


しかも、棚の手前の、さも落ちて割れそうな位置に並べてあったオーラソーマの瓶がただの一本も落ちていない。

それどころか、一センチも動いていない。反対側に置いてある、さも崩れそうな積み立て方式の棚の上のトルソーや天然石のアクセサリーですら動いていない。

いったいこれはどういうことなんだろう?

ただただ左手の手首につけているパワーストーンと、思わず近づいてしげしげ不思議に見つめてしまった自分で作ったアクセサリーたちが共鳴し合って熱を持っているように感じるだけ。


ただ、いつもよりもしっかりと爪を立て、必死で抱きついて来る白ちゃんの様子が、今日の大変さを物語っていた。

白ちゃんはどこにも逃げずにここで待っていてくれたのか。

私が来るからだというふうに考えると可哀想で可哀想でたまらない気持ちになった。

が、ボトル一本倒れず、壁の天使が微笑んでいるのを目にすると安全だから居たのだと言う気もした。

とりあえずはいつものように祈りと願いと感謝を捧げる。いつもと全く変わらず。

ただ、こんなことがあると、いつもよりも気持ちがこもるってことは否めない。

久々に事務所のお風呂を立てているころ、再び夫からの電話が繋がって、少し話した後、熱いお風呂に入って白ちゃんと抱き合って眠りに落ちた。

***************************

今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。
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posted by かおる at 14:27| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

セッションの中止

皆さん、ご無事でしょうか?

私はまだ事務所におりますが、家族も白ちゃんも無事です。

こんな時なので中々携帯電話や携帯メールが繋がらなくて、かろうじてこちらに届いたメールに返信しても送れない状態だったりします。

被害に合われた地域の皆様には心からお見舞い申し上げます。でも、どうか皆さんご無事でありますように。

携帯が通じない上、この事務所のPCには皆さんのメールアドレスを記録していないので、こんなところへの告知で失礼しますが、明日3月12日のセッションのみ、カウンセリングもレイキの講座も含めて全て中止とさせていただきます。

明日お越しになるご予定だった再受講生の方やクライアントさんで、ここまでの間、ご連絡取れていない方はこれをお読みになったらいつものyahooのアドレスの方へ『読んだよ』と一筆いただけたら尚嬉しいです。(もう連絡取れた方は大丈夫。)
posted by かおる at 23:03| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

追伸

あとそれで、此度も定員の倍の人数なので狭き事務所で少々窮屈な思いをさせてしまうのですがご了承下さい。
でも、楽しみにお待ちしています♪
posted by かおる at 13:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ありがとうございます

今朝のブログの文末でお知らせした傾聴トレーニングの会ですが多数のお申し込み感謝します。

定員オーバーのためお申し込みを締め切らせていただきますが、今回お会いすること叶わなかった方も次回にはどうぞよろしくお願いします。

先着順のため承ることが出来なかった方にはまた改めてご連絡しますね。

誠にありがとうございます。皆で楽しく学んでいけますように。
posted by かおる at 11:13| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月05日

出会い

いやあ、忙しい。。。。。。。。。

今回はメールカウンセリングやらオーダーメイドのアクセサリーやら、史上最高に溜め込んでしまった。(こいうの最高って言うのか?)

にしても皆さん。「これ作るの一番後で良いですからね。」とか「忙しいでしょうからいつでも良いです。」とか一言添えて下さってありがたいなあ、暖かいなあといたみいってしまう。

中にはお代払ってのメールカウンセリングなのに「御時間あるときに読んで下さいね。」とか。いやいや、そういうわけにはいかないんだけど、そのお気持ちが嬉しくて頭を垂れる。

師走とは言うし焦らないように着実にやって行きたいものだけど、やはり何でも溜め込んでいるのは個人的にも気持ち悪い感じなのよね。

****************

そんな中、今日はセッションにいらしたTさんとSさんが出会い重なった。

私が持っているセッションの中でTさんとSさんが同種のものを使って自己探求なさっている時期でもあった。

それで順番や来談時間も重なるので二人でワークをやっていただいた。20101204sironyan.JPG

初対面でのワークである。

もちろん「これをやって下さい。」というとあるルールがあり、それを元に御二方で共同作業をして成長や気付きを高め合う。

成功だった。

最初に会ったあときの勘ってやっぱりあたるんだよね。

他の人と共に交わることで、予想以上の「私って・・・」という気付きを持って帰ってくれる。

二人が出会っている今日に不思議や奇跡を感じるのは、最初はおそらく私だけ。

でも、互いに自分のことを話して下さるときに、段々と出会った意味が分かって来るものなのだ。

面白かったし、有意義だった。

そしてまた色んな気付きが交錯するこんな場面にパイプ役として居る私も勉強になったりする。

これから先はこんな場を色んな工夫をこらして設けたいなあと思った。

今日はお疲れさまでした。そして、ありがとう。

****************

今日もありがとうございました。

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posted by かおる at 06:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

猫の里親募集

とある方に悲しいお話を聴きました。

それはずいぶん前から起こっていることなのだけど。


お話を聴くと全員引き取りたくなってしまう。

でも、叶わない。

でも、もしかして、もしかしたら引き取れるお方がいらっしゃるかも知れない。

という祈りを込めつつ誠に勝手ながら転載させていただきます。

******************

石川県金沢市において、
個人の家の人がセンターに持ち込みました。
全部で17匹 仔猫達は5カ月母猫もいるそうです。
17日までに里親が見つからなければ殺処分になります。
10日現在 子猫1匹成猫7匹になりました。

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お問い合わせは↓まで直接お願いします
引き取ってもいいという方のみ 問い合わせをお願いいたします
金沢市のセンターは 譲渡のための部屋も用意され辛い部屋を見ない工夫もしてあります
どうか 1匹でもと思われる方に この記事と願いが届きますように

小動物管理センター(平日8時30分から17時まで。電話076ー258−9070)に電話での申込みか、動物の番号、お名前、日中繋がる電話番号を記入して
電子メールsyoudoubutsu@city.kanazawa.ishikawa.jpで申込みを行ってください。

下記リンク↓
 いいねっと金沢センター
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2010年08月02日

意志と石

大切な方へのプレゼントにアクセサリーをオーダーメイドして下さるとき、それだけでも嬉しいのだけど、その方の先方に対しての想いを聴いて俄然やる気が出る。

はたまたご自身の夢や希望のために依頼して下さるときも嬉しいなあと思う。

そういうときと言うのはもう話を聴きつつ頭の中にデザインとかどのストーンを使うのか?ということが浮かんで来ていて、既にイメージ上は仕上がっている。

相手の方の想いを形にする瞬間。

こういうの、凄く楽しい。

*****************

出張から帰ってまた2件。

メールは溜まるし、やることは山ほどあるが、それが多すぎると、時々優先順位が分からなくなることがある。

そんなときにはどれからでも良いから一つやる。

すると気が付いたら十項目くらいのことが片付いている。

でも、大切なことは一件一件に心をこめて。

そして楽しく、まっさらな心で。

そうでなくなったときには、私にとってやる意味がなくなったときだろう。

と、そんなことを思っているとき、セッション中に自分で自分を認めている依頼人さんを見た。

私の方からはその成長の過程がありありと見えていたとしても、ご本人が分からなければ意味がない。

過剰なほどに人に認められたがっている人というのは、自分で認めようという気がさらさらないケースが多い。はたまた相手のことを考えず自分だけを押しつけたり。

それは学校では教わらないことの一つでもあるので、その壁を越えたり理解したりすることは、思いの外難しいものだと沢山の人々を見て来て感じていた。

でも、その壁を超える人を目の当たりにする日には、どんな苦労も忘れてしまうくらいに嬉しい。

その方の手首にもパワーストーンは輝いていたが、もちろん石のせいじゃない。

その意志が初めにありき。

石はそれをサポートするだけ。

私はよく依存的なタイプの人、スピリチュアルに偏り過ぎている人が石を所望されるとき、「石だけではダメです。」ということがある。

でも、先の、それを知った上で使う人の場合においては例外で、石だけで良いというケースが多々あったこともまた事実。

そう言えば、従来、日本人は、漢字が違うけれど同じ音の響きを持つ言葉の関係性に着目していた。

石と意志。ピンク&マザー

両者は同じ響きを持っているなあ。


話は戻って。

忙しい昨今。私は確かに石のサポートを受けている。

どこで何をやっているときにも自分らしくあるように と 石が意志をサポートしてくれている。

******************

今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。
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2010年03月19日

こころ

うまく事が運んでいれば、だいたい18時半頃が夜勤ナースの晩御飯。

と言っても19時のラウンドを控えてるのでそうそうのんびりもしていられないのだけど。

そのとき、共に夜勤をやっていた上司兼先輩のRさんがふと話して下さった。

昨日、とある方にやつあたりをされたというお話。

彼女がそんな話をこんな表情で私に話してくれるのは非常に珍しいことなのだが、退職後に少しづつそんな機会が増えている。

それはRさんがやったことでもないし、ましてやこの病院外のことであり、しかもその人個人の鬱憤も何もかもをも上乗せした怒りを数時間にも渡っておっ被せられたとのこと。

実はRさんのお話して下さったと思わしき人と先ほど会って来たばかりだったのだが、穏やかだった。

私とその方は初対面だったので、まだその人は私のことを良く知らない。

でも、相手がRさんだとその醸し出す人柄や責任のある立場というのも手伝って、きっと甘えてしまわられたのだろう。

怒りによって表現される甘えは自分でも止めようがなく、前日のRさんにぶつけることによって発散され、それで私には優しく出来たのだろう。

話はそこで途切れたが、それから再び休憩モードになった午前2時半、私はコーヒーを入れた。

いつもだったらいくらでも自分の仕事に没頭も出来るのだけどRさんと共に居ようと思った。

すると、喋れる雰囲気を察してか、Rさんが面白いことを言った。

「私、お嬢さまではないんだけどさ。」という前ふりで。

「お嬢さまでは決してないんだけどお嬢さまのように育てられたので、今まで人に悪意をぶつけられるってことがなかったんだよね。」と。

笑いながら話しだした。テンションあげないと出来ない量と質の仕事の真っ最中だったからだとも思う。でも、その目はちょっと潤んでいた。

退職する前の私は勝手にこのRさんに”固さ”を投影していてあんまりうまく行っていなかったように思う。
しかも、互いにプライベートな事とか自分の話なんて全くしなかった。

でも、退職後、離れてみて初めてこの人の偉大さを知る場面に何度も遭遇する。
多分これは今までにもあったことかも知れないが、当時の私は視野も心も狭くてそこに目が行かなかったのだろう。

そして何年も経った今、初めて自分の話をしてくれた。さらに、どれだけ放心していてショックだったかと言うことも。

たまたまこの夜は新人さんへの指導係も兼ねていた。

いつも自信満々でキビキビと指導していたのだけど、今夜は語尾にも微妙な変化が見られていて「あらあ。。。私、やられてるわ、やっぱ。」と自分でも気がついていらっしゃった。

コーヒーを飲んだ。Rさんの傍で。ただそれだけ。

でも、その関連の話を聴きながら、私は初めて、自分なりにRさんを認め、尊敬しているということを伝えた。

それでなくとも困難極まりない夜勤ではあったが、それも終わった朝。

互いにペコリと頭を下げて心から言い合った。

帰ったら、必ずゆっくり休んでね。と。

それは初めてのことだった。

Rさんの一部をどうしても受け入れられなかった私。そして、どうしても私を許せなかった過去のRさん。

何かが変わり始めている。

********************

今回、Rさんのコンサルテーションが近付いている。

のでボトルを5日くらい前に発注をかけたのだが、なかなかやって来ない。

問い合わせの電話も入れたが、どうやたどこかで迷子になっていたらしい。翡翠&ローズクォーツ&ブルレースアゲート&エンジェライト セルフヒーリングブレス

夜勤明けの夜、帰宅して着いていなかったらどうしよう?もう明日だぜ?!と焦っていたのだが、ギリギリの前日に到着していたのを見て胸を撫で下ろした。

時々、ごく稀にこういうことがあるのだけど、それすら意味のあることのように思える。

Rさん用のボトルを入荷するにあたってついでに自分のホワイトポマンダーとセラピスベイのクイントエッセンも注文していたのだが、開けてみると、どうみてもホワイトには見えなかった。

まるで、ペールイエローのKUTHUMIのようだった。

KUTHUMIというのは天使界と人間界を繋ぐマスターで、つい今しがたまで使っていた。

Rさんにも私にも何が起こるのだろう。

いずれにしても楽しみだ。

*********************

今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。
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2009年10月29日

命の祈り

夜勤明けの白ちゃんは、白ちゃんというよりグレーちゃんになっていた。

秋の草の実を沢山身体につけている。

きっとまたこの晴れ渡った空の下、秘密の草原でゴロゴロと転げ回って遊んで来たのだろう。

彼女が身体につけている草の実は、思えば私たちが子供の頃にも遊んでいるうちにいつの間にか洋服にくっついて来た面々だ。

私たちは、それら様々な形の草の実を”馬鹿”だとか”狐”と呼んでいた。

ので、今でもこんな白ちゃんの様子を見ると「あらあら、白ちゃん、こんなに沢山キツネをくっつけて。」と声をかけ笑ってしまう。

キツネってのは、その草の実の形状からして納得出来るネーミングなのだけど、”馬鹿”の方は何故にそう呼ぶのか分からない。

そんな折、ある日、白ちゃんのブラッシング中にいらっしゃったクライアントさんが「あ、馬鹿がついてる!」と仰ったことあった。

またある時にも「あ。馬鹿やキツネがついてますね。」と仰る人もいた。

私の他にもこのワードが通じる人が存在したことに感動して笑ってしまったのが、片方は九州で、片方は北海道の方だった。こんなとき、私は自分が子供時代、どちらにも住んでいたことを懐かしく思い出す。

どこか特定の地域だけでそう呼ぶのかと思っていたのだが、子供の頃から色んなところに住んでいたのでますます定かではなくなった。

それはさておき、この草の実たちを白ちゃんの身体にくっつけたお母さん草たちがどんな姿をしていたかはもう覚えていない。

でも、彼女たちは自分の子たちをこうして自分以外の動物の毛並みや洋服にくっつけては託していることを思い出す。

どこか遠くへ、どこか遠くへ。色んな世界へと。

方々へと着地し、元気に育ってくれるようにと。

この場所はお母さんが引き受けたから、あなたたち、願わくば良いところに着地して元気に育ってね。お願いしますね、白猫さん。

そんな声が聞こえるようだ。

と、そんなことを思ったとき、白ちゃんのブラッシングと共に床に落とされた草の子供たちの姿が健気に見えて来た。

皆、まだ無邪気そうに見えるけれど、フローリングの上での発芽は無理だよね。。。。

幾つかはベランダから風に乗せて飛ばし、また幾つかは土のあるところに撒いた。

そうしている間にもどこかへ飛んで行ってしまうほどの軽い子供たちなのだが、願わくば、良いところへ。

そして、もしかしたら、またどこかで会うかも。

もしかしたら、その時、私たちの姿が互いに変わっていても。

皆、何かに託し託され、その時々で与えられた命を生きるのだろう。

********************

今日もありがとうございました。

良い一日でありますように。
posted by かおる at 10:54| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

夜の光

酷く花粉が飛び交う一日だった。

いちおうサングラスとマスク装着。

が、出勤までには吸い込んでしまっていて、はぁっくしょい!はぁっくしょい!
白ちゃんもビックリして膝から飛び出して行くくらいの勢いで。

春という季節は、ぽかぽかと暖かい日差しを感じさせてくれたかと思えば、冷たい風の夜もあったりして、まだまだ何だかはっきりしない。

昔からこの季節が一番曖昧でぽややん〜とした感じだから嫌いだった。

新しいスタートを切る人が多いってのに、何もこんな条件でのスタートを切らせなくとも・・・と、だいそれたことに毎年季節に文句をつけている。

時にバナナ指さんの指が大分人間らしくなっていた。

でもって、その昔のバナナ指さんと言えば、よく私と一緒に年に1〜2回ほどはライブにお出かけし、その度にこう言っていた。

「あ〜あ。楽しかったねえ〜。でも、これが終わったら次は何を目標にして頑張れば良いのかなあ〜?」と。

当時のナース仕事は過酷だったし、夢が無かったというわけではないが、叶わないのが夢だと思っていたバナナ指さんだったから。

でも、彼女は数年前に私が顔面に投げつけた託した種を、大分発芽させてくれていた。

今は、将来の夢が段々具体的になっていて、聴いている方も楽しくなって、口をはさみたくなる。

それなら、こういうのもあるよ、とか、じゃあ、そのためには、こうだね・・・等々。

そして、これもいつものことだけれど、今夜の月はまた一段と綺麗だな〜と思った。

数か月前。

あの大きな星は何て星ですか?とFちゃんに尋ねたら、「金星ですよ。」と教えてくれた。

あれからずっと月と金星の位置を探している。

ぐるりと七色の虹で取り囲まれたその大きな光は、この夜の全てを照らしだしているかのようだった。

月も星も太陽も。

いつもそこにある。

夜になって朝が来て。

朝になってまた夜が来て。

見えない時間があったとしても、
在るということを忘れている日ですらも。

必ずそこにある。

それは人の夢や希望のようなものだとも思う。

posted by かおる at 07:00| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

大丈夫でちゅよ

時々夫から電話がかかって来ることはよくあるのだが、大抵セッション中で出られない。

が、本日の夕方は良いタイミングでかかって来た。

開口一番「近くまで来たから紅ほっぺ持って行ってやろうか!?」

何それ?紅ほっぺって何?

と訊き返したときには切れていた。


その正体はイチゴだった。

いつだったか、夫が恐ろしいほど連日イチゴを買って帰って来る日々が続いていたのを思い出す。

今年もまた始まったのかな?と思うのは、雛祭り日の少し前からイチゴが続いているから・・・。

数分後、先割れスプーンと練乳と紅ほっぺを持った夫が現れた。用意の良いことで。

で、普通に会話をしていたのだけど、やはり、どーも第三者が聴いていると喧嘩しているように聞こえるらしい。

この場合の第三者というのは、白ちゃんしかいないわけなのだが。

目をまん丸くしてして怯えて見ている。

白たん!これは喧嘩ではないのでちゅよ〜(ハートマーク)。

すると、「俺と話すときと全然違う!俺が1つ何か言うと10返って来る!」と苦情を述べている。

そんな様子を見ているうちに「どうやら喧嘩ではないらしいにゃん。。。でも。。。」と何やら考え込み出した。

デスクの上から ジーーーっと見て首を傾げている。090304_165617.JPG可愛いやつめ。

かつお節かけちゃうぞ。

かけられても困ると思うけど。
posted by かおる at 07:00| 東京 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

ありがとうございました

いよいよ、2008年最後の日。

今年は本当に色んなことがあったなあ。そして、そのいろーんなことがあった中で、どのエピソードも削れない。

毎年言っていることかも知れないけれど、今度こそほんと。(?)

今年は今まで生きて来た中で最高の年だった。最高にありがたいことが沢山あった素晴らしい感謝の年だった。

それでも、そんなに長くも書いていられないので、何とかして、ひとつだけを選ぼう。
と言ってもやっぱり難しいな。でも、選ぼう。

そして、今年のことを書いているってのに、今日のこのブログを書くにあたって、何と2004年にまで遡らなければなければならない。
是非とともその必要がある。

2004年。当時の私は、その数年前から無料相談BBSを開いていた。
(さらに、もうちょっとだけ詳しく言うと、それは99年から続いていた。)

その無料BBSは、当時多くの方々が利用して下さっていて、その運営は非常に大変なものだった。←何事も始めると身を削ってまでやってしまう気質。

繰り返すも、あれは2004年。彼女はそのBBSに現れた。

読んでいるだけで苦しい内容の書き込みで、しかも、もっと苦しかったのは、それが彼女の現実だということだった。

それでも、一生懸命読んだ。聴いた。

それからさらに一年。私はカウンセラーの学校を卒業した。

今よりもまだまだ、さらに未熟だった私の、最初のクライアントさん。それが彼女だった。
第一号だった。

状況は深刻だった。

10代から鬱病やパニックに苦しみ何十年も治らない。
しかも、年々悪化して行って、当時は”部屋のカーテンを開けることですら出来ないのが今だ”と、メールや電話カウンセリングで語ってくれた。

それでも今でも覚えている。

”病院へ行ってもカウンセリングを受けても治らない。ずっと治らない。しかも、希死念慮がある。死にたくなる。”という現状を聴いた後も、何故だか私は「この人、絶対良くなる。」と思ったのだ。

その理由は、言葉ではなかなか説明できないのだけど、一言でまとめるなら、彼女自身が生きたがっていたから。生きようしていたから。

それから何をやったのか?というと、もちろんカウンセリングなので・・・聴くだけ。

というのは少し嘘。

いや、非常に大嘘!

非常ーーーに未熟だったので、余計なことも沢山してしまったし、時には感情的になって怒った。泣いた。
もう止めよう!と思ったことさえあった。

けれども、同時に、それは、非常によく笑った年月でもあったのだ。

私は、彼女とカウンセリングにおいてチームを組むときに「楽しい旅にしましょう」と言った。

それが現実化した。

とうとう彼女が東京に出て来て、たくさんの面談カウンセリングもかなった。
東京に出て来たものの、あいかわらず外に出れない日々が続いたが、それもレイキやカウンセリングを続けるうちに徐々に徐々に、外に出れるようになった。

まずは「隣の蕎麦屋さんまで行ってみようか?」で始まって、「じゃあ、もうちょっと頑張って、あっちのカフェまで歩いてみようか?」と少しづつ距離を伸ばして行った日々。

そうして、無理やり連れ出しておきながら、そのカフェが閉まっていた暁には、私は道端でムンクの叫び状態。どうすんのよ! ってか、ごめんなさいっ!ってなこともあった。

その一年後には、もう三茶から立川まで一人で軽々来れるようになっていた。
いや、まだまだ足の皮が剥けたりしていたな。
それでも頑張った。

それからもう少し経ったら、大好きなアーティストのコンサートに行けるようにもなった。

その間にも、ご家族のことで色んな障壁はあったのだけど、ついに元々の職業のエスティシャンに返り咲いた。

レイキを取得した彼女のエステは最高だったので、たくさんの方々に薦めた。

嬉しい日々だった。

でも、この秋、彼女のお母さんが最も恐れていた理由で他界した。

これまでにも、本人が力強く歩もうとしても、
いくら進もうとしても、
そのご家族が邪魔をするというケースはたくさんあったけれど、この出来事は、これまでで、最も私を参らせた。

けれども、お互い持ち直した。考え方も積み上げ直したのだ。

もしも、これがほんの4年前だったら、彼女も後を追っていたかも知れない。
いや、ほんの一年前でもかなりやばかった。

だから、御母さん。67歳まで待っていて下さってありがとう。

彼女が自立して、自分の人生脚本を書き始められるようになるまで、生きていて下さってありがとう。

私は時々血ぃ吐きながらも、日常の仕事をこなしつつ、そう考えることにした。

そんな折、彼女のお腹の中に赤ちゃんが。

何年も前から願っていた赤ちゃんが。

かつてはあきらめていたような時期もあった赤ちゃんが。

病気の御母さんを抱えて苦労なさって来た御父さんだったが、やっぱり死力を尽くして愛して来られていた。
だから、その伴侶の死は、彼女に「お父さんの傍にいてあげたい。」と言わせるほどの憔悴ぶりを彼にもたらした。

けれども、そんな折に赤ちゃんが。

失ったものは戻って来ない。でも、御父さんはまた笑顔を取り戻されたという。

そして、彼女は岐阜に帰ることになりました。
御父さんの面倒を見たり家計を支えたり、育児に勤しんだり、それでも好きなことをやって笑って生きていけるのが今の彼女でしょう。


誰しも、その教育によっては依存しか学べないまま大人になってしまう可能性が多大にあると思う。

幸せになっちゃいけないとか、自分が自由に生きてはいけないとか。

無意識に刷り込んでしまう可能性は誰にでもあると思う。

けれども、彼女は、それを嘘だと見破った。

膨大な量の自分の物語を語ってくれることで、色んなことへの気づきを達成した。

レイキは、さらにそれを後押ししてくれた。

そして、これから先、親の愛情を測ったり、嘆いたり、そんなことばかりではなくて、「私がお父さんの面倒を見る。旦那さんのことも私が幸せにする。」と言い切ったのだ。

何故なら、色んな植えつけられた観念を取っ払って、最後に残ったそれが彼女の”やりたいこと”だったから。

それが2008年の冬の出来事だった。

彼女が、閉め切った部屋から歩み始め、徐々に元気になって行く過程で、私は一緒に育てられた。勇気付けられた。

彼女が元気になって行くこと自体が私を元気にしてくれた。



同時に、言いたいのです。

彼女のエステを受けて、気持ち良い〜と喜んで下さったり、ピカピカに美しくなって下さる人々の笑顔の数々は、非常に彼女を励まし自信をつけて下さった。本当にありがとうございます。

この2008年の最後の日に、まとめられない内容の事だと承知の上でそれでも書きたいのです。

誰でも、どんな状況の人でも、変わりたいと思ったその時から変わって行ける。

そして、自分を元気にし、自分を苦しめず、自分が笑顔でいることを選択することは、それだけで身近な人を励ましているってこと。

エステで美しくなることでも何でも良い、自分を大切にしてくれるってことは、周りをも励ますことに他ならない。

どんな人でも変わりたけりゃ変われるんだ。好きな脚本を書く権利があるし、願えば叶う。

それが例えば、その日、一メートル歩くだけでも一年後には相当のことが出来るようになる。

それが伝えたくて。

そして、これを伝える自信を、身を持って実証してくれた彼女にメガトン級の感謝をこめて。

そして、関わって下さった方々のお気持ちや言葉がけや、自分の大切な顔を託して下さったその行為や、その笑顔の数々にも。万感の感謝をこめて。

ありがとうございました。

*****************

じのっPさん、出産などして落ち着いたら、地元・岐阜で再びエステを始めます。

その際、どうか、岐阜にお立ち寄りの際には寄って差し上げて下さい。(つるつるになりますよん。)

*****************

と、他にも色々あるのですが、とりあえずは、改めて。

事務所を沢山訪れて下さった方々、今年もありがとうございました。

人間の底力や、美しさや、変われる強さを目の当たりにさせて下さって、本当に感動&感謝の日々でした。

来年もどうぞよろしくお願いします。
posted by かおる at 07:00| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

青銅の蛇

いつぞやアクセサリー教室に出席したときのこと。

並べて下さっている素材を各自でそれぞれ選ぶときに、一際美しく光るクンツァイトに目が行った。

私が手のひらに載せてじっくり眺めたのはそれだけだった。

綺麗だな〜、これで作りたいな〜と思った。

まだ練習の段階だから、作るとなるともちろん自分用ということになる。

すると、驚いたことにそのストーンが輝き出した。虹が入って、その後も大きくなって行く。

今まで誰かのために作る際に目の前で虹が入って行ったことは何度もあるが、自分用に作るときに入ったのはこれが初めて。

それがとっても嬉しかった。自分のために祈ったり、自分を大事にしたり出来るようになって来た感があって。

その後もワイヤーワークでクンツァイトを巻いて行く過程で虹がますますもって輝いていた。

まだ慣れない下手くそな出来だったけれど、何だか首に提げて歩く帰り道、嬉しくて仕方がなかった。

けれどもそれから数日経ったある日、ふと出かけに見ると、そのクンツァイトの中に虹がない。あの七色はどこへ行ってしまった?

何となくだけど理由は分かっていた。

私はその前日、またしても無意識に自己犠牲的な行動を選択してしまったので。

いや、何となくではない。
ついつい、誰かのためにとか理由をつけては自分を裏切ってしまう一面があるとハッキリ自覚していた。

残念なことだなあ、とほほ・・・と思いつつも数日経ったある日、久々に付けたセレスタイトの中に七色の輝きを発見する。元のクンツァイトの方は依然として消えたままだった。

もしかして、こちらに移ったのかな?こちらの方を使っている機会が多かったから?

と、そんな話をK子さんにしたところ、真正面に座っている彼女が「あれ?それ虹なの?私にはそれ、何かの文字に見える。」と言う。

え?文字?

彼女はまた別の目を持っている。

別の視点とも言うのだろうか。うまく言えないけれど、人それぞれチャンネルが違うだけのことなのだけど。

え?ほんと?私には文字は見えない。

何て書いてあるの?見て!と彼女に手渡したのだが、「あれ、見えなくなった。」と。

どうやら彼女の手に取ると消えてしまい、私がもう一度首から下げると浮き出てくるとのこと。

「あ、また見えた。日本語じゃないみたいだよ。」

あ〜、ほんと?何だろうね?と、そこで話は終わった。(そんなもんいくら考えてもわからんからな。)

その日は他にも色んな話をして別れたのだが、帰宅後、彼女からのメールが届いていた。

「ヘブライ語の文字だと思いました。で、最後にストーンを見たときに蛇のようにも見えたので調べてみました。」と。

そこで彼女が調べてくれて出て来たエピソードが”青銅の蛇”だった。

天国の石と呼ばれるセレスタイトの輝くブルーと青銅の響きは何やら繋がりがあるように思えた。

青銅の蛇(せいどうのへび、
ヘブライ語:נחושתן, נחש הנחושת)


『民数記』では、エジプトを離れたイスラエル人の一行が葦の海の途中までやってきたときに、苦しみに耐えかねて不平を言った。
そこで神は炎の蛇を送ったので、かまれた人々の中から死者が出た。
民がモーセに許しを願うと、モーセは神の言葉に従って青銅で蛇を作り旗ざおの先に掲げた。
この蛇を見たものは炎の蛇にかまれても命を永らえた。
しかし、『列王記』下18:4では、ユダ王国のヒゼキヤ王の時代に、それまで人々が香をたいて崇拝していた青銅の蛇がアシェラ像(アーシラト像)とともに打ち壊された。

新約聖書の『ヨハネによる福音書』3:14では、ニコデモとイエスの対話の中でこの青銅の蛇がたとえとして用いられる。イエスはかかげられた青銅の蛇のように「人の子もあげられなければならない」と語る。 なお、正教会の主教が用いる権杖はこの青銅の蛇をモチーフにした杖を使用している。



少し前の私だったら「ひっでーな、神様。不平や文句言っただけで蛇ですか。」となったかも知れない。でも、今は何となくだけれど意味が分かる気がした。これも理論ではないのだけど。身体の方が先に納得している感じ。

人間がこの世で体験することは全て意味があって体験している。

でも、人はどのような状況にあっても、どのような立場の人であっても、とかく感謝を忘れ、文句や不平にばかり目が行く生物だ。

それが極端に進むと、
今現在の状況やギフトに対して感謝を感じられる時というは、今よりもっと不幸になったり困ったことが起きたときでしかないってことになる。

「あのときは良かったなあ。」などという形でしか感謝を感じられないというのは悲しいことだし、与えられているものをあたりまえだと思いこみ、麻痺して、不平ばかり言って努力しないのも悲しいことなのだが。

けれども、人がもしもそういう生き物なのだとしたら、見えていなかった平和や感謝が見えるためにこの炎の蛇に象徴されるような出来事がギフトとして贈られることもあるかも知れない。

別の伝記ではもうちょい詳しく書かれていて”10人に1人が炎の蛇に噛まれて大勢の犠牲者が出た。”とも書かれている。

失わないと分からないって悲しいのだが、いずれにしても荒っぽいやり方だなと思う。
けれども心のどこかでは、そうでもしないと分からなくなるのが人なのか?とも感じている部分がある。

いずれにしても、人々は「元に戻して下さい。」と祈りたくもなるだろう。当時は不満であるかのように思っていた「元」に。

”民がモーセに許しを願うと、モーセは神の言葉に従って青銅で蛇を作り旗ざおの先に掲げた。この蛇を見たものは炎の蛇にかまれても命を永らえた”という部分には、非常に現代でも場所によっては行っている”魔除け”的な要素を感じてしまう。

昔から元凶として恐れられていた鬼や邪や蛇でも何でも良いが、それとそっくりなものを作って掲げるあたりが魔除けの儀式そのもの。

そのあたかも本物の蛇のように作った青銅の蛇を仰ぎ見たものは救われたという一節も面白い。
つまりは自分が恐れているものとそっくりなものを見つめた者だけが救われたと言ってるわけだよね。

どの辺が面白いのかと言うと、蛇を真似て蛇を作ったというこの魔除け的な例えには、もっと深い意味を想像してしまうのだ。

青銅とは鏡の象徴・・・というかまさに鏡そのものだったのだと思う。

つまりは、仰ぎ見た人々というのは、自分の姿そのものを見つめた人々。不平不満、誹謗中傷や冒涜をしている自分自身そのものを見て何らかの気付きを得た人々ということではないのかな。

恐ろしい恐ろしいと思っていたはずの、神から貰ったはずの炎の蛇。”あいつのせいで”と思いこみ恐れていたそれは、実のところ、自分の姿や生き方そのものだったのだはないかと。

全くよく出来ている。

で、その後、人々がこのエピソードの象徴として伝え続け崇めていた青銅の蛇は、かの阿修羅像と共に打ち壊されたとある。

もしも像にも魂があるのなら、両者共に「そりゃあねーよなー。」と言っていたかも知れない。「俺らはおまえたちそのものなんだぜ。」とか。

ついでに言うと”イエスがかかげられた青銅の蛇のように「人の子もあげられなければならない」と語る。”という部分では「もう、ええて。」とさえ思う。

一つは「人の子」と読んだときにドキッとするということ。
もう一つは、蛇でも人間でも、何をモチーフにしたって、誰が犠牲になろうがなるまいが、仰ぎみる者は仰ぎ見る。仰ぎ見ない者は仰ぎ見ないと思うからだ。

時に人は、自分の人生に”エジプトを離れたイスラエル人の一行”のような苦しみを感じることがあるかも知れない。

しかし、後の時代のユダヤの民の中には、いつ殺されるとも知れぬ生活の中で人々に食べ物を分け与えニコニコと優しく生きることを選択した人々が居た。

あるいは、どーんと思いきり現代に飛んじゃって見ても良い。

まともに働いていても他人と比べて嘆いている人は絶えない。

株価で大騒ぎになって「いったいどんなふうになってしまうんだ。不安で仕方ない。」と嘆く人もあるが、世界では人身売買があちらこちらで行われていて、中にはわが子を売る人もいる。少なくともその人々は株価なんてチェックしていないだろう。つまりは株価チェックしていられる文化の中に居るんだよね。

どんな状況の中でも与えられているもの、今あるもの、自分が築き上げて今手の中にあるものを見る。

人間ってのは、嘆いたり不平ばかり言っているばかりじゃなく、実はどんな状況の中でもそっちの方を選択しようと思えば出来る生き物だと今は思いたい。

よって、神様。願わくばこの世に炎の蛇、要らんよ。

たまには愚痴も言わせてつかあさい。仲間や私たち家族や世界中の人々に。
せいぜい度が過ぎないようにしますんで。


で、話は元に戻って、K子さんはセレスタイトの中にヘブライ語や蛇の姿をを見た。そして、この”青銅の蛇”を見つけた。

”イスラエルの民は毒蛇に噛まれても、青銅の蛇を仰ぎ見ることによって生きる力を得た。”

要するに、彼女は仰ぎ見た人だった。

現代でも内観なんという業&行&ぎょーぎょー&GO−GOー!をやっている。仰ぎ見過ぎだろっ!てくらいに。

私には見えなかったな〜。残念〜。その頃から逃避のプロだったのかな。
今現在も虹以外は何にも見えないなー。

でも、待てよ。私の首元でそれが浮かんでくるってことは私が持っている人だったのか?まあそりゃないだろうな。

それにしてもエピソードの一部にちらっと出て来た昔から惹かれる阿修羅像しかり、炎の蛇の炎ってところでは不動明王の炎を思い出しても来る。

というふうに、話しているとキリがないくらい色んなイマジネーションが広がって来る数行の物語だった。しかし、今日はこの辺で。
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2008年12月01日

ラムネ瓶の外

子供の頃、ラムネの瓶を眺めているのが好きだった。

ユニークな形にも惹き付けられたけれど、最も好きだったのは、多分、ブルーにもグリーンにも見えるあのカラーだったのだろう。

時に昔の家というのは、今よりずっと外の彩度に影響されていた。

家の中に居ても今が何時ころでどんな天気なのか?がすぐ分かるくらい内界と外界は通じあっていた。

家という境目はあるけれど、それは極めて薄い境界だったのだ。

思うにそれは当時の家族とかその他の人間関係にも反映していたかも知れない。例えば、現代では鍵を閉めないなんて信じられないことだし、隣人が誰なのかさえ知らないということも多々ある話で。

そして、ラムネの瓶はいつでもラムネの瓶で、朝も昼も晩もそれ以外には成り得ないのだけど、その時間帯や気分によって全く違う色に見えていた。

最高に明るい昼間の太陽の光を受けているラムネの瓶、夕日色のラムネの瓶、いつでもそのカラーは変化していた。

そんなカラーの魅力に加えてもう一つの子供心の不思議。

”どうやって中にビー玉入れたんだろう?”

いとこが、何とかしてそのビー玉を出すのだと色んな角度で振っている様を見て笑っていた私も当時多分5歳くらい。

そんな光景をふいに思い出したのは、別段ここにラムネの瓶があるからではない。

フローライトという天然石のビーズを特注で受けてブレスを繋いでいたら、突然思い出した。

別名蛍石と言われるこのストーンは、あの時代のどの瞬間に見たラムネの瓶の色、中のビー玉の色、それらの全てを含んでいるように思えて。

時に、いとこたちはそれぞれ元気で暮らしている。

何十年もの間、皆少しづつの変容&成長を経て大人になった。

あの日々、皆で輪になってしゃがみ込み囲んでいた狭い地面の一部。

色んな絵を描いた地面の一部。

今は、その円が大きく大きく広がっているだけなのだなあということに気付く。

あの日々、大人たちの言動にいちいち傷ついていた小さな小さなそれぞれが、それぞれの自由を手にして円を描いている縁。


例えば、ラムネを初めて飲んだ人がいたとして。

その味覚からイメージして色と形をデザインしたのだと考えると、それも素晴らしい”創造”だと思う。

それは自分の外側に創った何かなのだけど、
それと同時に人は何十年もかけて自分で自分を創り上げている。
私やいとこや全ての人々が、一瞬一瞬、色や形を選んで作り上げたのが今の自分。

フローライトというストーンのその意味は学習能力や変化、変容、成長。
けれども、私はもう一つの意味を見る。

どんな波動であるか?どんなパワーあるかの意味。

それは意志と勇気であるかのように思う。

絶対に外に出れないと思っていたラムネの中のビー玉は、思い思いの方向へと飛び出して、思い思いのカラーと姿になった。
posted by かおる at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

アクター

土砂降りの中、病院で仕事をしていた。

休憩の際、ベランダに出る度にますます強く降っていた。

浄化だなあ。と、何故だかそう思った。

それにしても病院の夜は寒い。

朝方、一人の患者さんにこっぴどくやつあたりをされた。

初めはやつあたりだとは気がつかないので、全く酷い言いようだなあ・・・としょげたりムカムカしたりする。

でも、その後、よくよく怒っている相手の話を聴いていると、退院が決まっているのに迎えに来るのを渋っているご家族の話が出たりすると・・段々状況が見えて来る。

ああ、そうか。初めは酷い言われ方をすると、こちらも眠いし寒い中頑張っているので泣きたくなったりイライラしたりもするが、相手が怒っているのは、全てのことに対してなのだなと。

「要らないんでしょ!要らないんでしょ!あたしなんか要らないって言っているんでしょ!」

多分ご家族も大変なのではないでしょか?とか、その恐怖を手放せば、そんなに怒る必要もなくてご家族もそんなお婆ちゃんならば喜んで迎えに来てくれるんじゃないか?とか、へとへとに疲れた頭ではそんなことも浮かんで来るが、さすがにもう分かる。決して言うな、私よ、それも自分の感情に過ぎない。

だから、その人の表向きの怒りに対して頭を下げて謝る。

この人が特別意地悪な人なわけじゃない。

人は誰でも、一番言いたい相手、例えば家族にそれが言えないために、関係のない人を罵倒をすることがある。関係のない人を攻撃することもある。

それが極端になると長年の父親への恨みの刃をこれまた無関係な人に向けて殺傷することも不思議なことではない。

言えないばかりに。言う勇気がないばかりに。
その人から愛されたいばかりに怒るということが人間にはある。

だから、なるべくならば正直な方が良いのだ。

何かのスタイルを保つために、
格好をつけたり抑圧し過ぎるよりも、
そして何を抑圧していたのか?と自分の感情さえ忘れ去る前に、
少しの勇気があれば。

けれども外は土砂降りの雨。

人間だから、出来ないこともある。

身体だけが元気で、通りすがりの人や、自分が勝手に投影した人に切りつけるよりは、まだナースを罵倒して済むのは良い方なのだろう。

ので、甘んじて受け入れる。

とは言うものの、あいもかわらず辛い仕事だな。

そして、とは言うものの、大切な役割だな。

怒りをぶつけた後、うとうとと眠りに落ちる人を見つめてた。

何だか踏んだり蹴ったりなのだけど、その顔を見ていると、ま、いいかと思えてしまう。

****************

プリズンブレイクで悪役に徹した俳優さん。

彼がプライベートでエレベーターを待っていてドアが開くと、乗っていたご婦人がその顔を見ただけで瞬時に悲鳴をあげたと言う。

彼がそれを誇らしげに語るとき、確かにそれは凄いと思った。役作りに徹しているプロならではだと思う。

けれども私はただの人なので、大切にしたいと思っている相手にやつあたりされると適度に悲しいぜ。

そこでさらに思いだすのはナースの中のナースだと思う親友が一人、二人。

彼女は人一倍優しい。

だから、優しくたいのに優しく出来ない現場に嘆く。

でも、嘆いたり悲しんだりしていては日々を回せないので、その無意識は代わりに怒りを選んで表現する。

人は彼女を強い人と呼ぶ。

確かに強くて、同時に世界一優しくて傷つきやすい人なのだと思う。

それを抱えた上で悪役に徹することが出来る。ってか、ほんとは出来たくもないのに出来てしまうんだろうな。

うまく言えないのだけど、私はそんなふうに、相手に引け目を感じさせぬまま人を元気にしていく友を尊敬してやまない。

少なくとも、全ての人に好かれよう好かれようと躍起になっている人よりも。
posted by かおる at 12:07| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月26日

矛盾してる恐怖心

冬空の日、ご近所で通り魔事件があったようだ。

セッション中に「気をつけて下さい。近くで何かあったようですよ。」というメールを二件いただいた。

「へ〜。そうなんだ。」という私に、その時セッション中だった方が「やだ!せんせ、着いてすぐに私も言ったじゃないですか!」と。

あれ。そうでしたか。白ちゃんに気を取られて聞いてなかったのかな。ハハハ。Mさんもお帰りの際気をつけて下さいね。

しかし、このMさんと私、少し同じエッセンスを持っている。

こういう場合の気を付けるというのは、私たちの場合、もしもそういう輩に出会った場合、興奮し過ぎて相手を殺傷しないように気をつけなければならないということなのだった。←要するに血の気が多い。

それからMさんがお帰りになって一人になったときのこと。

たった今事務所を出たばかりのMさんからメールが来たので一瞬どきっ!とした。

何かあった?!出くわした?大丈夫?!と、慌ててメールを読んでみると「今、雨降り出しましたよ。」と書いてあったのでずっこけた。やっぱ、この人も絶対大丈夫だと思った。

多分、Mさんも私のこと大丈夫だと思って下さったと思う。

しかし、事務所の空気の入れ替えをしようとベランダを開けたその時のことだった。

私はもの凄い恐怖心にみまわれ、大変大きな悲鳴をあげて腰を抜かすはめになる。

通り魔がベランダにいたわけではない。

通り魔の何十倍も小さな存在だった。

網戸に何かカナブンでも飛んで来たと思ったら、そいつは季節はずれのゴキくんだったのだ。うぎゃああああー!いやー!助けてー!と叫ぶものの、後に尻もちついたきりショックで動けない。

すると白ちゃんがダダダっ!と網戸に走り寄り、黒眼を大きくして何度も手でアタックしている。

や、止めなさいぃぃぃー!白ちゃん!そんなんに近寄るんじゃありませんっ!止めなさいってば!うぎゃああ!

とは言うものの、白ちゃんの本能で、やつが驚いて場所を変える度に「この野郎にゃん!この野郎にゃん!」と網戸越しにアタックしている。

うわーん!お願いです!止めて下さい!君の爪で網戸が破れたらどうすんですかあああ!入って来ちゃいますよ!

しかし、白ちゃんが「そんなもん望むところじゃい!てめえ、入って来やがれにゃん!」と驚異のジャンプ力を何度も発揮している間に相手の方が降参して飛び去って行った。

ふにゃふにゃ〜〜と力が抜けてところで玄関のチャイムがピンポン!ピンポーン!

それを聴いた途端、急に力がみなぎって来た。

非常に怖い思いをした分、何だか急にムカムカして来た。

チャイムを聞いた途端、何だ?!今度は通り魔か!このやろっ!と思いつつモップを握りしめ玄関を開けると・・・、その方は確か何度かお見かけしたことがある同じ階の男性だった。

「どどど、どしたました?何かありましたか?大丈夫ですか!?何かいっぱい叫んでましたよね!?」

・・・・・・・・・・・。思わずモップを後ろ手に回しペコペコ。

何とも申し訳ない。近所で事件があった矢先に悲鳴が聞こえたらビックリしていらっしゃるのも無理もない。

非常に恥ずかしかったのだが、実は網戸に苦手な虫が飛んで来まして・・・と詳細を話しつつお詫びすると大笑いされた。
しかも、モップの持ち方が明らかに武器を持つ握り方だったし。

そして白ちゃんに気がつくと「あ。それはマンション猫。うちの事務所にもよく入って来ますよ。大抵追い払うけど。」

あ、やっぱ、マンション猫だったのですか。

「それにしても、猫入れてあげるほどなのだから虫くらい入れてあげれば良いのに。」と笑われつつ玄関を閉めたのだった。内心、「そんなわけいくか。」と思いつつ。

その後に再び、ピンポン、ピンポーン!

大丈夫ですってば!と開けたところ・・・クライアントさんだった。

あ・・。ごめんなさい・・・・。もうそんな時間でしたか。

白ちゃんが「にゃんにゃんにゃん・・・。」と何か言っている。

通り魔も大変なのだけど、私自身もかなり普通じゃない人と言われている気がする。
posted by かおる at 12:05| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月21日

意志の弱さ猫以下

夜勤明けでセミナーを受けるのを避けるために一時的に変えて貰った出勤曜日。

静か〜な夜勤だった。

もしかして今まで一番大変な曜日を選んでいたのかも知れない。とは言うもののセミナーが完了したらまた元に戻していただくのだけど。

で、前述の通り、静か〜な夜勤だったのだが、夜勤は夜勤。やはり眠いのだった。

そこで、絶対蛇行せずに帰宅するぞ!と誓った朝だったのだが・・・友人からのメールでランチに誘われる。

これこれしかじかで眠いから帰ると返信したのだが「美味しいパスタ奢るよぉ〜。」と。

そんなものにつられるわけが・・・・ないはずだったのだけど、体力と共に意志の欠如。

しかも会ったのが久々だったもので互いに喋る喋る。

という意志の弱さのために帰るガッツを使い果たした。一旦事務所で少しだけ寝ようと決心した正午過ぎだった。ち、近い。便利。

すると、またもやそんな流れを全て知っていたかのようにドアの前に白ちゃん。

・・・・・・・・・・・・。まあ、良いですよ。とにかく私は寝ますよ。

ところが寝ようと横になると、耳元に顔を近づけてニャンニャンニャンニャンと何か言っている。

だあー!うるさいな!と無視しようとしたらおでこにピタッと肉球が。

こらこら人の頭を押さえつけてまで何を訴えている?

こころなしか語尾のイントネーションが「ニャンニャンニャン?」とあがっている。

そ、それはもしかして疑問文か?

仕方なく起き上がると今度は玄関へと誘導された。

ああ、そかそか、分かった。せっかく入れてくれたのに出ても良い?って言ってるのかな?どうぞどうぞ!さあ!お帰り下さい!とドア開けると出て行った。

自分から帰ったのは初めてだ。凄いぞ。ちょっと、ほっとしたりして。

そうして、やっと横になったのだが、ウトウトし始めた15分後のこと。

外から「ニャンニャンニャーン!」と呼んでいる。非常に嬉々とした声音である。

うがーっ!もしかしてトイレだったんですか?はいはい。どうぞお入り下さいっ。むかっ(怒り)

すると、入って来た人物、いや、猫物は、2かたまり。

白ちゃんの後に若めの三毛猫が入って来た。

・・・・・・・・・・・・・・・・。頼むから友達連れてくんなよ。
posted by かおる at 15:06| 東京 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

白×白×白

少し前、事務所のフローリングに電気カーペットを敷いた。

すると、白ちゃんが遊びに来る度に、その上で、のび〜っと人間のような格好をして寝ている。

くつろいでいる定位置がこれまでとはうって変わってテーブルの真下のカーペットと相成った。

その白ちゃんの真上のテーブルでは、深刻な話のセッションをしていることも多いのだが、時々クライアントさんが白ちゃんをムギュっと踏みつけ、猫も人間も同時にビックリして「うわああ!」と言っている。

「ごめんなさい。白せんせい、忘れてました。」というお言葉に、白ちゃんも「うにゃんにゃんにゃん。(いえ、こちらこそ。)」と返事をしている。
何故に白ちゃんにせんせい付ける人多いかな。

そして、電気カーペットを使い始めて思いついたのは「そだ!この上に白くてふかふかのラグを敷こう♪」ということだった。

それで、ネットなども参考にして白いラグを探していると、夫が後ろから「何故に白なの?汚れが目立つよ。」と。

それは、白ちゃんが喜びそうだってことと、毛も目立たないのではないか?という動機だった。夫には言いにくい。


で、今日、宅急便で着くはずだとボソボソつぶやいていたのを夫が聴いていたようだ。

何故なら人の仕事中に電話が頻回で「届いた?敷くの手伝いに行こうか?」と言って来る。

まだなんですよねー。今日は着かないのかな?

「そうか。せっかく今日はこっちの方で仕事しているんだけどな。」というような会話が何回か交わされ、結局「お茶しに行って良いか?」と言う。

いやいや、それはダメなのよ。もうすぐクライアントさん来る時間なんだから。という会話も何回か繰り返された。

そして「さあ、次はFちゃんが来るよ。今日はもうラグは届かないみたいだからお気遣いなく!」と電話を切った後に、何故だかピンポーン!と夫が現れた。ビックリした!

Fちゃんが来ると聴いたのでお菓子を届けに来てくれたのだ。この人ほんとに仕事しているのだろうか?


結局のところ、Fちゃんのセッション終了後に白ちゃんが「にゃんにゃんにゃん!」と遊びに来て、さらにまたその直後に宅急便が来た。ほとんど同時。

白ちゃんが呼んで来てくれたのかな。

そして、そのあとたまたま予定が無かったFちゃんがラグを敷くのを手伝ってくれた。

敷く前に二人で電気カーペットに付いている白ちゃんの毛をガムテープを使って取っていた。二人とも両手でペタペタ!

すると何故だか白ちゃんも一緒に足踏みしているのが非常におかしかった。意味分かってないけど参加したかったのね。おまえの毛だよ。

そして、念願のラグ敷き完成だったのだが・・・・。最終的に、伸び伸びと体を伸ばして感触を楽しんでいたのだが・。

私たちの帰る様子を察知すると再びベッドの下に移動し隠れてる白ちゃんだった。

ええ、いつものようにお尻がはみ出てるんですけどね。


ところで、私は友達のセッションをやるときに、いや、初対面の人でもそうだな。

その人が問題と向き合うにあたって苦しそうにしているとき一緒に苦しくなる。

酷いときになると、本人が問題から逃げるように手伝ってしまいそうになる。

もちろん、プロになった今はそんな甘いことはしなくなったのだけど、それでも相手が友達のときには気を付ける。

苦しくても良い。悲しくても良い。この人は進みたいからこそ立ち向かっているのだ。私が勝手な心配で追従を止めてはいけない。

でも、その信念を貫くのはとても難しい。

本人が望むところまで進めなければならないが、本人が触れられたくないところもある。
涙を見ると拭きたくなったり、逆にもっと話さなければならないと厳しさに傾き過ぎたり。

そんなとき、白ちゃんの声。

友人故、ついついセッション終了後もけじめなく同じ話題が続いてしまいそうになる度に白ちゃんが間に入って止めていた。まるで知っているかのように。
posted by かおる at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

予想外

今日は落ち込んだり不安になったりしている状態の友人が泊まりに来た。

今や身内なので、話を聴いて、何?そりはやばい!と一瞬だけ同じ穴にはまってしまったが、気を取り直して、この苦難を乗り越えて成功へと導くヒプノでリラックス。&暗示を入れることにした。

が、夫が帰って来てしまい、物凄く下らない駄洒落を横から言って邪魔をする。

いくら怒ってもますます喜んで大事な場面で駄洒落連発。

初めは笑い転げて「無理ですよー」と言っていた彼女だったのだが、そのうち見事腹式呼吸へ。

かかった。

が、ここで予想外のことが。

背後のベッドにいた夫までもが同時にかかっちゃって、問いかけに答えだしてしまった。

思わずビックリして振り返ってしまったよ。

で、何やらいびきの合間に「うん。うまく行く。」とにったり笑って幸せそうだった。

ほんとに珍しい人。

どちらかというと彼女よりも。
posted by かおる at 11:21| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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